四話 VSミノタウロス
『毒花粉』と『茨の蔓』。
これが、私の武器。
使い方は、本能で何となく分かる。
ちなみに名前は今適当に付けた。
某ポケットなモンスターに似ている気もするが、きっと気のせいだ。
まずは『毒花粉』を使う。
どこから出るんだろう? と思っていたら、花びらと葉っぱの間から紫色の花粉が飛び散った。
え、そこから出るの?
そこ違うよね?
いや、本来花粉があるはずの部分には私の上半身が陣取っているから、構造が変わってるのかもしれない。
って、今は細かいことはどうでもいい。
花粉を目で追う。
全方向に飛び散ったけど、ちゃんとミノタウロスの方にも飛んでいる。
花粉がミノタウロスの顔に降りかかり、いくらか吸い込んだのが見える。
うわー。
花粉症という症状を知っている身としては、寒気のする光景だ。
まあこれで、雨の中でも花粉を飛ばせることが分かった。
当のミノタウロスはケロッとしているけど、少量じゃ効果なんて出ないのは想定済みだ。
次に『茨の蔓』を伸ばす。
葉っぱの下、斜め前と後ろの位置から、四本の蔓が伸びる。
太さは腕と同じくらいで、鋭い棘が付いている。
腕が増えたような感覚で、思い通りに動かすことができる。
試しに右前の蔓を動かしてみると、二メートルほど先まで伸ばすことができた。
うん、これだけあれば充分。
とはいえ、いきなり四本の操作はなかなか難しい。
ミノタウロスが登ってきている左側の二本をメインで動かそう。
色々と検証しているうちに、ミノタウロスはあと三、四メートルのところまで登ってきていた。
その間も毒花粉は撒き散らし続けているけど、ミノタウロスは平然としている。
身体が大きい分、毒も回りにくいのかもしれない。
さて、問題はここからだ。
タイミングは一瞬。
ミスったらアウトだ。
ミノタウロスが岩の凹みに左手をかける。
身体を持ち上げる。
あと三メートル。
右手を伸ばして岩の出っ張りを掴む。
身体を持ち上げる。
あと二メートル。
もう一度左手を伸ばして岩にかける。
身体を持ち上げる。
――今だっ!
ミノタウロスが身体を持ち上げようと左手に体重をかけた瞬間、二本の蔓で手と手のかかった岩を打ち付ける。
蔓が当たったことで握力が弱まり、岩が少し崩れる。
その巨体を支えられなくなったミノタウロスは、崩れた岩を掴んだまま、崖下へと落下していった。
少し遅れて、ドンッという鈍い音が耳に届く。
下を覗き込むと、唖然とした雰囲気を漂わせたミノタウロスが、仰向けで倒れていた。
辺りには血も飛び散っているが、傷は浅そうだ。
やがて身体を起こしたミノタウロスは、怒り心頭といった感じでこちらを睨むと、再び崖を登り始めた。
うむむ、タフだ。
でも残念、それも想定内なのだよ。
私が何のために毒花粉を飛ばし続けていたと思ってるのかね?
ふっふっふ。
お前はもう死んでいる!
崖を登ってくるミノタウロスを見つめる。
…………。
数分経過する。
…………ん?
半分を通りすぎる。
……あれ?
ま、まだ毒回ってないの?
嘘でしょ?
さっきのは不意討ちだっただけで、もう一度上手くいくとは思えない。
ちょっ、ミノタウロスさん?
落ち着いて話し合いましょ?
ワタワタと両手と蔓を振ってみるけど、もちろん効果なし。
こ、こうなったら、もう一度やるしかない!
あと三メートル。
二メートル。
――もういっぺんくらえ!
体重のかかった手に向けて蔓を振り下ろす。
しかし蔓が当たる直前、ミノタウロスの右腕が庇うように差し込まれた。
蔓が、棘が、分厚い筋肉に弾かれる。
なっ!
動揺したのもつかの間、右手はそのまま蔓を掴もうと伸ばされる。
やばいっ!
慌てて蔓を引っ込める。
しかしミノタウロスの右手は蔓があった空間を通りすぎても勢いが衰えず、私の本体に向かって伸びてきていた。
コイツ! 最初から私の本体が狙いだったのか!
負けた。
――そう思った瞬間、ミノタウロスが盛大に血を吐いた。
身体がぐらりと揺れると、ゴツゴツした手が顔の数センチ前で空をきり、そして視界から消えた。
下から再び鈍い音が聞こえる。
……え?
た、助かったの?
恐る恐る崖下を覗く。
ミノタウロスは口から血の混じった泡を吹き、完全に動きを止めていた。
毒が回りきったのだ。
う……う……。
うおーー!!
勝ったーー!!
私、生きてるよね?
本当に勝ったんだよね!?
本当は弱らせて追い払うだけのつもりだったんだけど、結果オーライ。
むしろ、なんであんなに死に物狂いで迫ってきたんだろう?
……あ、私が怒らせたせいですか。
そうですか。
でも、石ぶつけたり突き落としたりしただけで、死ぬまで向かってくるか?
うーん、謎だ。
モンスターの気持ちは分からん。
って、私もモンスターだった。
念には念を入れて、しばらくは毒花粉を飛ばし続けておく。
実は気絶してるだけで起きたらまた向かってくるとか、想像しただけで恐ろしい。
ところで、この花粉はいつまで出続けるんだろう?
すでに十分近く経っている気がする。
無尽蔵?
そんなことを考えていると、瞼が徐々に重くなってきた。
頭もくらくらしてくる。
あー。
眠い。
生まれてから今まで、こんなに気を張ることなんてなかったからなー。
最後にミノタウロスの死骸を確認しておく。
雨で血は流れているが、まぎれもなく死んでいる。
うむ、問題ない。
それにしても、根っこは動かないわ、ミノタウロスは襲ってくるわ、踏んだり蹴ったりな一日だった。
明日は何か良いことあるといいなー。