三十八話 心当たりと体当たり
打ち出したウォーターボールを操る。
それが、ウォーターレインと並んで練習していた魔法だ。
ただ操るだけ、なんて初めは思っていたんだけど、これが意外と難しかった。
魔法は魔力を元に作り出すんだけど、一度作り出した魔法はその状態で固定されてしまう。
例えば、水の球を打ち出す『ウォーターボール』は、水の球を作って飛ばした時点で完成、つまり私の魔力とは切り離されてしまうのだ。
これを飛ばした後で動かすには、魔力を再度練り、動かすイメージを持って、飛んでいる水球と魔力を繋げる必要がある。
しかも、球が何かにぶつかる前に終わらせないといけない。
……まあ、無理だよね。
私も実際にこの方法を試してみたんだけど、早々に諦めた。
動くものに魔力を繋げるのが、ここまで難しいとは思わなかった。
で、あれこれやっているうちに思い付いたのが、今使っている魔法。
そう、以前のウォーターボールと、魔法そのものが違う。
例えるなら、ヨーヨーかな?
打ち出した後もずっと魔力で繋がっていて、曲げるとか引き寄せるとかの簡単な軌道修正ができる。
要は、水球の生成から操作までを一つの魔法としてイメージしているのだ。
とは言ったものの、まだまだ実戦では使い物にならない。
なぜなら成功するかは未だ半々だから……。
うん、本当に成功して良かった。
そんなことを思い出しながら、ミノタウロスに近づく。
と、その前に花の蔓を伸ばして毒花粉を浴びせておく。
念には念を入れて、だ。
あの怪力に捕まったら、握り潰されて終わりだからね。
それほど私とミノタウロスの力の差は大きい。
よく勝てたと思うわ。
ミノタウロスがまだ少し痙攣していたが、数分も経つとそれも止まった。
よしっ、何回も吹き飛ばされて砂まみれだけど、怪我はしていない!
思わず自分に拍手を送りたくなる。
パチパチパチー!
……さてと、冗談はこれくらいにしようか。
中央通りの方に顔を向ける。
いまだにあちらこちらで煙や悲鳴があがっている。
さっきまでよりも北上しているね。
どうやら、侵入してきた魔物はコイツ以外にもいるようだ。
さすがにこのレベルの魔物が何体もいるとは思えないけど……。
これは本格的に気を引き締めたほうが良さそうだね。
すぐにでも戻りたいけど、その前に確認したいことがある。
私はミノタウロスへ視線を戻すと、毛並みや腰布をよく観察する。
――うん、やっぱりそうだ。
以前見たミノタウロスより、全体的に綺麗すぎる。
前のミノタウロスは、森を何日も歩き回ったような姿だったのに対し、このミノタウロスはついさっきまで屋内にいたと言われても不思議じゃない。
魔物の侵入タイミングにしても、ミノタウロスの小綺麗さにしても、どうも人為的なものを感じる。
もう一つ。
このミノタウロスは、明らかに私を狙っていた。
あんなピンポイントで岩を投げてきたんだ。
違うとは言わせない。
つまり、村を襲撃した人――恐らくこの村の住人以外で、なおかつ私に攻撃を仕掛けた人が、裏にいるんじゃないかと私は睨んでいる。
そして、その条件に当てはまりそうな人物に、私は心当たりがある。
テアさんと一緒にこの村へやって来て、あの広場で私を睨んでいた、護衛の冒険者だ。
◇◇
再び屋根を伝ってようやく南門へ辿り着くと、そこは酷い有り様だった。
途中で何度かヘビや角イノシシと出会った――全て蔓の一撃で倒した――ことから、ある程度は予想していたけど、これは酷い。
頑丈そうな木の門が建物ごと破壊され、内側に倒れ込んでいる。
門の部分だっただろう木も、近くの建物を巻き込んで吹き飛んでいる。
恐らく、あのミノタウロスが体当たりでもして、無理矢理こじ開けたんだろうね。
さらに、そこを大量の魔物が通ったのか、倒壊した建物や露店は見るも無惨な状態になっている。
魔物の死体もいくつか転がっていて、辺りに血が飛び散っている。
「おい、お前! ミーシャと一緒にいた花の嬢ちゃんか?」
と、建物の陰から聞こえた怒声に顔を向けると、木こりの斧を構えた男性が、警戒しながらも声をかけてきていた。
まあ、侵入してきた魔物と間違われても仕方がない。
男性の言葉に頷くと、念のため両手をあげておく。
私の行動を見た男性は、警戒を解いたように斧を下ろして近づいてきた。
「そうか、すまなかった。ところで、なんでこんな場所にいるんだ? それに、ミーシャはどうした?」
うーん。
ちょっと時間がかかるけど、この人から詳しい話を聞いておくことにするかな。
私は会話用にアイテムバッグから黒板とチョークを取り出す。
『助けに来た 集会』
端的にそれだけ書くと男性に見せる。
まだこの世界の文字に慣れていないし、長い文章は書くのに時間がかかるからね。
「助けに……集会……? ……ああ、そういえば今日は定例の会合だったな。ミーシャはそこにいて、花の嬢ちゃんは助けに来てくれたってわけか」
そう言った男性の顔には安堵と疲労が浮かんでいる。
私は頷くと、黒板の文字を一度消してこう書いた。
『何があった?』




