三十七話 VSミノタウロス その二
私とミノタウロスはお互い向かい合ったまま静止する。
ミノタウロスとの距離は目測で十メートルほど。
あいにく、この距離を正確に測るような技術は持ち合わせてないので、大体だけど。
背丈は私よりはるかに大きく、筋骨隆々という言葉がこれ以上ないくらい似合っている。
まあ、見た目に関しては以前のミノタウロスとほぼ同じだ。
唯一違うのが、腰布がボロ切れではなくしっかりとした布地になっていることくらいか。
ミノタウロスが膝を曲げて腰を落とす。
次の瞬間、ミノタウロスはロケットさながらに飛び出してきた。
――早い!?
予想外の早さに驚いて、反応が遅れてしまう。
目の前に、腕を振りかぶったミノタウロスがいた。
咄嗟に身体の横へ蔓を持ってくる。
次の瞬間、左から強烈な衝撃がかかり、私は宙を飛んでいた。
っくう!
蔓を地面に刺しなんとか勢いを殺す。
着地した時には、さっきまでいた場所から数メートル離れた場所にいた。
やばい!
パンチ一発でここまで飛ばされるのもだけど、何よりあのスピードがやばい。
相手の攻撃は避けることが前提の私にとって、避けられないというのは危険すぎる。
集中力さえ切らさなければ、なんとか蔓で防ぐことはできそうだけど……。
急いで顔を横へ向けると、切り返して突進してくるミノタウロスが見える。
って、悠長に考えてる暇なんてないよね!
私は蔓を使ってサイドステップで距離を取りながら、身体の左側――ミノタウロスが突進してくる方――に別の蔓でガードを作る。
そのガード目掛けて、ミノタウロスのストレートが突きささる。
……うぐっ!
またもや吹き飛ばされるが、今度はしっかりとガードしているからか、そこまで強い衝撃はない。
私は再び地面へ蔓を刺してスピードを落とす。
と、そこへ再び迫ってくるミノタウロス。
ちょっ!?
ああもう、いい加減うっとうしいわ!
私はガードとは逆側の蔓の一本を、ミノタウロスの頭の角へと巻き付ける。
そして、迫ってくるパンチをミノタウロスの頭を飛び越えるように避けた。
まだまだっ!
空中で振り向き様に、ガードを解いた棘の蔓をミノタウロスの背中に叩きつける。
背中を殴られた勢いで前へと倒れ込むミノタウロス。
さらに花の蔓を伸ばすと、追い討ちをかけるように毒花粉をばら蒔いた。
ミノタウロスが慌てて踏ん張ろうとするけど、もう遅い。
そのまましばらく毒でも吸い込んでろっ!
毒花粉の霧に突っ込んだことを確認しながら、私は少しだけ距離を離した場所へ移動する。
もちろん、こんな距離なんて突進されればすぐに埋まることくらい分かってる。
少しだけ時間が稼げればそれでいい。
私は両腕を前へ突き出すように伸ばす。
前にクモと戦った時、ウォーターボールの威力は十分だったのに、なかなか当たらなくて苦労した。
あの時の反省を生かして、この数日ずっと練習していた新魔法がある。
練習でもようやく使えるようになったばかりだけど……。
今が使うタイミングでしょ!
空気中から魔素を集める。
ウォーターボールのときよりも多くの魔力を練り上げる。
イメージするのは、今までと同じく水の球。
ただ、今までのように一個ではない。
数十にも及ぶ水の球を、伸ばした手の前に生成していく。
やがて、私の前に水の球の壁ができあがる。
一個一個のサイズはウォーターボールよりも小さいけど、その分スピードと範囲に特化した魔法。
名づけて『ウォーターレイン』!
名前のセンスは気にしたら負けだ!
ようやく毒花粉の中から姿を現したミノタウロス目掛けて、一斉に放つ!
無数の水の球が、吸い込まれるようにミノタウロスへと飛んでいく。
ミノタウロスはその太い腕を振り回して防御しようともがくが、残念、それくらいじゃ意味ないよ。
隙間をすり抜けるように何発もの水の球がミノタウロスの身体へと着弾し、分厚い筋肉を削っていく。
しばらくして水の弾幕が晴れると、そこには身体中にいくつも怪我を負ったミノタウロスが、しかし倒れずに立っていた。
ミノタウロスは怒り心頭といった様子で私を睨むと、雄叫びをあげる。
――うるさっ!
というか、今のでもまだ倒れないとか、タフすぎるでしょ!
もう何度か浴びせれば倒れるとは思うけど、そんな余裕はなさそうだね。
やっぱり、今の私がミノタウロスを倒しきるには、大きめの攻撃を一発当てないと無理か……。
私は右手を伸ばすと、今度はウォーターボールを作り出す。
ミノタウロスも叫ぶのを止めると、頭の角を突き出すように深く腰を落とす。
一陣の風が吹き抜ける。
その瞬間、私とミノタウロスが、ほぼ同時に動いた。
猛進するミノタウロスの頭を狙って、ウォーターボールを打ち出す!
ウォーターボールはミノタウロスの脳天へと吸い込まれていき――ミノタウロスは首を傾けてそれを避けた。
……っ!
ミノタウロスの顔が勝ちを確信したように歪む。
そして次の瞬間、ミノタウロスが前へ倒れ込んだ。
その背中からは、血が流れ出ている。
残念だったね。
私が練習していたのは、ウォーターレインだけじゃないんだよ!




