三十五話 そして事件は起こった――
「そうだ、一つ言い忘れてたよ。魔石は使い続けるとそのうち効力がなくなる、つまり魔法が使えなくなる。魔石に溜まった魔力が尽きるからという意見が多いが、その辺は専門じゃないからあたしゃ知らないけどね」
えー。
つまり、お湯の出る魔石を作っても、定期的に交換しないといけないってこと?
何それ面倒。
……まあ、仕方がないか。
「魔石についてあたしが知っているのはこれくらいだね。あとは込める魔法を練習して、実際にやってみるしかないね」
さすがエリューさんだ。
正直、魔法の込め方が分かるだけでも収穫だと思っていたから、とても助かった。
魔石一個はやっぱり辛いけどね。
私はおじぎをして、カウンターに置きっぱなしだった黒板とチョークをアイテムバッグに片付ける。
窓から外を見ると、まだ太陽が昇りきるまで少し時間がありそうだった。
うーん、暇になっちゃった。
どうしよっかな。
ミーシャは夕方まで集会らしいから、お昼はどこかの露店で一人で食べる必要がある。
お昼までは魔法の練習をして過ごすとして、その後は何しようか?
一人で森へ行くのは、迷う的な意味で危険だし……。
と悩んでいると、ふとエリューさんから声がかかった。
「そういえば、あんた、西の広場の行商はもう見たかい? そろそろ村を出ると話してたから、まだなら一度行ってみな」
ん、行商?
それってテアさんのことだよね。
テアさん、もう行っちゃうのか。
って、行商なんだし当たり前か。
むしろ結構長いこといたほうだよね。
ちょうど暇だし、村を出る前に一度顔見せに行ってくるかな。
エリューさんに向かって頷くと、そのまま回れ右をして店を出た。
◇◇
この村に来てから、もう二週間は経つだろうか。
日が経つのは早いなあ。
なんてことを考えながら、中央通りを歩く。
さすがにそれだけ日が経っているからか、私を見てももう驚く人はほとんどいない。
たまに「お花さんだー」と指をさしてくる子どもがいるくらいだ。
ちょっとしたマスコットになった気分だ。
あと人を指差しちゃいけないよ。
お昼時だからか、中央通りは露店のご飯目当ての人でごった返している。
私もその波に乗って露店を覗いていく。
パンに果物、魚の干物、スープ、何かの揚げ物。
どれも美味しそうでつい目移りしてしまう。
あ、あの串焼きと隣の焼肉は、この前喧嘩してた人たちの店かな?
……うん、今日も店から顔を覗かせて何か言い合っているね。
見なかったことにしよう。
「あら、お花ちゃんじゃない?」
さらに露店を覗きながら歩いていると、見知った顔を見つけた。
あれ、キャティさん?
こんなところで何してるの?
店はもっと北だよね。
私が首を傾げて北を指差すと、キャティさんも釣られて通りの先を覗く。
「うん? あっちに何かあるのかしら? ……あ、もしかしてお店のこと?」
そうそう。
通じてよかった。
黒板を出して書けば一発で伝わるんだけど、いちいちアイテムバッグから取り出すのが正直面倒だ。
ジェスチャーで伝わるなら楽だし早いし、良いことづくめだ。
まあ、ミーシャ以外だと通じないことが結構あるんだけどね。
本当にミーシャの翻訳能力は凄いと思う。
「向こうはお父さんに任せてあるわ。お昼の稼ぎ時だけ、ここで露店をやっているのよ。お花さんも一つどうかしら?」
そう言うと、キャティさんが手に持った包丁で、隣にぶら下がった肉の塊をつついた。
こんがりと焼き目のついたお肉からは、ジューシーな匂いが漂ってくる。
それだけでなく、ほのかに香辛料の香りも混じっている。
……この匂いはヤバい。
アイテムバッグから皮袋を取り出し、キャティさんに銅貨数枚を渡す。
「まいどありっ! じゃあ、ちょっと待っててね!」
キャティさんが肉の塊の下にある魔石に手を触れると、下から小さな火があがる。
次に店の奥から、ナンのような薄いパンを取り出し、そこに刻んだ野菜をのせていく。
これって、もしかして……?
キャティさんは肉の塊を削ぐように包丁を入れる。
そして削ぎ落とされたお肉をパンにのせると、それを器用にクルクルと巻いた。
最後にそれを紙で巻くと、差し出してきた。
「はい、お待たせ!」
うん。
やっぱりこれってケバブだよね。
よく見ると、お肉の塊もブロックじゃなくて、薄い肉を何枚も重ねてある。
私は差し出されたケバブを受けとると、意を決してかぶり付いた。
「どうかしら? おいしいでしょ?」
キャティさんがにやにやと問いかけてくるが、私は無視して食べ続ける。
なんとなく悔しいけど、本当に、とっても美味しい。
特にお肉に味が深くしみ込んでおり、それがパンや野菜に非常にマッチしている。
「うんうん! 満足してくれたようで、お姉さんは嬉しいわ」
私が夢中になって食べているのを見たキャティさんが、満足げに頷いている。
あ、食べきっちゃった。
うう……仕方がない、もう一個買うか。
銅貨を取り出そうと顔を横に向けると、遠くで煙が上がっているのが見えた。
うん?
あれって南門のほうだよね?
なんだろう?
――私が首を傾げたその直後、南門から悲鳴が聞こえてきたのだった。




