三十四話 報酬の使い道
クモを倒してから数日後。
私はエリューさんの店へと足を運んでいた。
ちなみにミーシャは村の会合らしく別行動だ。
「で、あたしに何か用かい?」
エリューさんがカウンターの前で腕組みをしながら聞いてくる。
うん、相変わらず怖いわ。
って、エリューさんを見るたび同じことを思ってる気がする。
私は頷くと、肩から下げた古びた茶色のアイテムバッグから黒板を取り出す。
同じくチョークを取り出すと、なんとか思い出しながら文字を書き終える。
『魔石 使い方 教えて』
そう。
あの日の翌日、再度森へ行った私たちは、今度は変な魔物に出会うこともなくクポタ草の採取を終えた。
その報酬として、私とミーシャはそれぞれ報酬を貰ったのだ。
ミーシャは銀貨を、そして私は『魔石』を――。
魔石はミーシャの家の台所で火を付ける時に使っている。
他にも色々と使い道はありそうだなと思ってはいたけど、それなりに高価な物で手が出せなかった。
今回の依頼はちょうどいいタイミングだったね。
毒で苦しんだ人もいるから若干不謹慎な気もするけど、ミーシャが摘んできたクポタ草で全員助かったらしいし、よしとしておく。
「魔石の使い方? そんなもの、触れるだけさ」
うん、そっちじゃない。
私は黒板とチョークをカウンターへ置くと、アイテムバッグから今度は魔石を一個取り出しエリューさんに手渡す。
ちなみに、私が使っているこのアイテムバッグも、報酬として貰ったものだ。
ボロいし容量は少ないしと、使われずに村の倉庫で眠っていたものらしい。
まあ、黒板とチョークを入れたかっただけだから、容量はあまり気にしていない。
「ほう、未使用の魔石かい。なかなか珍しい物を持っているね」
魔石をまじまじと観察していたエリューさんが呟く。
未使用ってやっぱり珍しいのかな?
「いいだろう。あたしも未使用の魔石に触れられる機会はあまりないからね。魔石について教えてやるよ」
よしっ!
これで魔石を使って色々できそうだ。
例えば、お風呂。
前々からお風呂は欲しいと思っていたんだけど、水道はないし、火を起こしてお湯を沸かすのにも時間がかかる。
お湯が出せる魔石が作れればその手間が一気に省けるし、実現も夢じゃないね。
「で、この未使用の魔石はいくつ持ってるんだい?」
村長から貰えたのは全部で三個だ。
私は指を三本立てる。
それを見たエリューさんは満足気に頷いた。
「なるほど。なら、この魔石一個は授業料でいただくよ」
……ん?
え、授業料?
授業料取るの?
まあ、確かにタダで教えてもらおうなんて図々しかったか。
いやでも魔石一個はちょっと辛い。
またクモみたいな魔物が出たらいいけど、あんなこと珍しいって村長やジルドも言ってたしなあ。
なんて真剣に悩んでいると、エリューさんが「はあ」とため息を吐いた。
「何真面目に考えているんだよ。冗談に決まっているだろう?」
ええー。
ちょっとエリューさん、それはないでしょ。
今のはどう考えても、私の反応を見てから変えたよね。
気遣いは嬉しいけど、なんか負けた気になる。
私はカウンターの上に置かれた黒板とチョークを手に取り文字を書く。
『いい あげる』
エリューさんは黒の文字を読むや否や、ニヤリと口の端を吊り上げた。
え、何その顔?
もしかして――。
「じゃあ遠慮なく貰うよ、まいど。ま、もう少し駆け引きを覚えることだね」
……どうやらエリューさんが一枚上手だったようだ。
◇◇
「魔石について分かっていることはそれほど多くない。確かなのはその性質――魔法を込められること、込めた魔法を使うことだけ。なぜ魔法が記録できるのかは未だ謎なのさ」
ここまではミーシャに聞いたことと同じだ。
謎っていうのが凄く気になるけど、そういうのは学者とか研究者とかにお任せする。
「記録できる魔法に関してだが、一つの魔石に記録できる魔法は一つだけ、魔法の規模も魔石の大きさによる。要は、小さい魔石には小さい魔法しか込められないということさ。あんた、台所にある火の魔法が込められた魔石を見たことはあるかい?」
あるというか、何度も見ているしお世話になっている。
ミーシャも初めは料理に興味津々だったけど、飽き性なのか、最近だと私が作ることが多くなっている。
私は頷いておく。
「あれはわざと魔石を割ることで、弱めの火の魔石をいくつも作っているんだよ。それくらい、魔石は貴重なものなのさ」
なるほどね。
私の貰った魔石はそんなに大きくないから意味がないけど、大きい魔石を手に入れたときは一考の余地があるね。
というか、そこまで貴重って誇張されると、一個あげたのが余計に悔しくなってくる。
「余談はこのくらいにして、実際に魔法の込め方を教えようか」
そう言うとエリューさんはカウンターの上に魔石を置く。
そして、魔石に右手をそっと添えた。
「基本的には、普段魔法を使う時と同じだよ。魔素を集めて、魔力を練って、魔法をイメージする。唯一違うのは、イメージした魔法の形にした魔力を、そのまま魔石に込めることだけさ」
エリューさんに魔素が集まっていく。
――かと思いきや、魔素はすぐに分散してしまう。
え、失敗?
「ま、あたしは今はやらないけどね」




