三十三話 狼花の仲
今更だけど、なにもウォーターボールで倒すことにこだわる必要はなかったね。
一発目が避けられたから、ついカッとなってやってしまった。
反省はするけど後悔はしてない。
私は背中に穴があいたクモの死体から目をそらす。
いつまでも見ていたいものじゃないからね。
後ろを振り返ると、ミーシャが駆け寄ってくるのが見えた。
「お花さん、大丈夫!?」
そのまま抱きついてくるので受け止めると、心配そうな表情で私の身体を触ってくる。
うん、大丈夫だから。
こんなクモ程度で怪我なんてしないから。
それよりも、くすぐったいから止めてほしい。
ミーシャをなんとか引き剥がすと、後ろから歩いてきたジルドに顔を向ける。
ジルドの視線は私が倒したクモに釘付けになっている。
何、文句あるの?
「ジルドお兄ちゃん、どうかしたの?」
「大きさ、色、麻痺毒を使う……聞いた特徴と似ているな。恐らく、このクモが村のやつらを襲った魔物なんだろう」
「それなら、もうみんな狩りに出ても大丈夫なの?」
「いや、そうとも言い切れない。そもそも、パラズ・タラスがこの森にいること自体が不自然だ」
「不自然?」
「ああ、調査してみないと何とも言えないがな。まったく、ただでさえ面倒ごとがあるというのに」
そう言うとジルドは私を見た。
面倒ごとって、私のこと?
村に行ってからは特に何かした覚えはないよ。
それに、私とこのクモに接点はない。
以前森であったクモはもっと小さかったし、こんな毒々しい模様はなかった。
言いがかりにもほどがあるね。
「まあいい。この魔物を連れて一度引き返すぞ。手伝え」
何で命令口調なのかな?
そんな態度じゃ、手伝ってあげないよーだ。
私はジルドを無視して歩き出そうとする。
しかしミーシャに回り込まれてしまった。
ミーシャは手を口元にあてて、もう片方の手で手招きしている。
うん?
口元に耳を近づけてみる。
「お花さん。ジルドお兄ちゃんは口は悪いけど、ほんとうは真面目でやさしいの。だからお願い、手伝ってあげて?」
それだけ言うと顔を離し、潤んだ目で見上げてくる。
……まったく。
こんな女の子にフォローしてもらうとか、ダメダメじゃん。
はあ、仕方がないなあ。
私は引き返してクモの前まで来ると、蔓を伸ばしてクモの足や胴体に巻き付ける。
よいしょっと。
そのまま軽く持ち上げると、ジルドへと向き直る。
「なっ……」
ジルドは驚いたように目を見開いている。
まあ、当たり前の反応だね。
ミーシャと同じくらいの背丈しかない私が、いくら蔓を使ってるとはいえ、二メートルは超えるクモを軽々持ち上げたんだから。
その反応に満足したので、ミーシャに付いていく。
今の私は勝ち誇った表情をしているんだろう。
「お花さんも意外と――」
ぼそりとミーシャが何か呟いたが、よく聞こえなかったことにした。
◇◇
「な、なんだ、その魔物は!」
前にも聞いた門番の言葉を聞き流し、村長を呼んでもらう。
数分ほどで村長が数人の男性を連れて現れた。
男性たちはクモを見るや否や、驚いた表情を浮かべた。
「こ、このクモ!」
「何でこんなところにいるんだ!?」
うん、この反応、ビンゴだね。
「お前たちを襲ったのは、この魔物で間違いないのか?」
「あ、ああ。間違いない。この模様、見覚えがある」
「やはりか……」
ジルドは口に手をあてて考えこむ。
太陽はすでに傾き、辺りは夕陽に包まれている。
見晴らしをよくするためか、門の近くは木が少ないため、綺麗な夕焼けが見える。
もうすぐに暗くなるし、薬草はまた明日だね。
そんなわけで、今日は帰っていいかな?
ミーシャの肩を叩こうとした時、村長から声がかかる。
「花のお嬢さん、お嬢さんがこの魔物を倒してくれたのか?」
「うん、そうだよ!」
私の代わりにミーシャが得意気に返事をする。
うん、まあ、元気なのはいいことだね。
「そうか。村の代表として感謝する。本当にありがとう。……ところで、クポタ草のことじゃが」
「それはまた取りに行くの! ね、お花さん?」
私はミーシャと村長を見て、頷いておく。
ミーシャと、ついでにジルドには、薬草はまた取りに行くと事前に相談してある。
ミーシャが話を進めてくれるのとても助かる。
「ふぉっふぉっ、報酬は弾まないといけないのう。そうじゃ、花のお嬢さんは、何か欲しいものはあるかの?」
うーん。
欲しいものか。
改めて聞かれると、少し悩むね。
いや、欲しいものはたくさんある。
夜ご飯改善として、調理機具や食器、調味料。
他にも、私とミーシャの服とか、ミーシャのベッドもだいぶ傷んでいるし……。
逆に多すぎて困るくらいだ。
――あ、でも、アレがいいかも。
それなりに高価な物とは聞いているけど、色々使えそうだし。
私は蔓を伸ばすと、地面に欲しい物の名前を書く。
まだ思い出しながらだから、たどたどしいけど、なんとか書き終える。
ミーシャに文字を習っておいて正解だったね。
「ほう、珍しい物を欲しがるの。分かった、用意しよう」
おお、いいんだ!
やった!
明日は気合い入れて薬草探さないとだね!




