三十一話 昔とは違うのだよ、昔とは
村長から依頼を受けた翌日の昼前。
今日も元気に照りつける太陽の下、私とミーシャはいつも通り二人で門の前にいた。
ちなみにこの村には、私が初めて来たときに使った南門と、もう一つ東門があるらしい。
らしいというのは、東門の先にはずっと森が広がっているため基本門番もおらず、開けることもないと聞いたからだ。
じゃあ何で作ったと突っ込みたい。
もちろん、今いるのは南門だ。
「ジルドお兄ちゃんまだかな」
手持ち無沙汰に雑草を引っこ抜いていたミーシャが呟く。
私は魔素を集めるのを止めると、村へと続く道へ顔を向けた。
別に槍男が遅れているわけではない。
家で待っていてもミーシャがソワソワして落ち着かないので、早めに来ただけだ。
気に食わない奴だけど、ミーシャがお兄ちゃんと呼ぶくらい慕っているのはよく分かる。
さらに十分ほど待っていると、槍男が肩掛けのバッグといつもの槍を持って現れた。
一瞬だけ私を見るとすぐに視線を外し、門へと歩き出す。
「ふんっ、行くぞ」
「あ、待ってよ、ジルドお兄ちゃん!」
ミーシャが慌てて立ち上がり、槍男を追いかける。
……うん、例えミーシャが慕っていても、私には無理だわ。
私は考えるのを止めると、二人の後を付いていった。
◇◇
当たり前だけど、薬草には色々な種類がある。
ミーシャが森で主に集めてエリューさんの店に持ち込んでいるルイ草。
ルイ草は、そのままでは効き目の悪い止血剤としか使えないが、他の素材と調合することで質の良いポーションになるらしい。
他にも、毒消しとして使えるアズの葉や、火傷した箇所に貼るヨルン草、さらには腰痛に効く花の蜜なんてものもある。
これらの薬草はすべてこの森で採取できる。
普段の生活で使うこともあるし、他の町村から来る行商人に対して売ることもある。
森の中にある村にとって欠かすことのできない、まさしく自然の恵みなのだ。
今回依頼されたクポタ草もそんな薬草の一種で、寒くなると黄色い綺麗な花を咲かせる植物らしい。
とはいえ今はまだ暖かい時期。
花以外に特に目立った特徴のないクポタ草は見つけるのが難しい。
そんなわけで、私は薬草探しに関しては早々に諦めていた。
ちなみに、薬草についての知識は全部ミーシャとエリューさんの受け売りだ。
「うーん、これじゃないし……ひゃっ!」
木の根っこに躓いたミーシャの身体を、咄嗟に腕を出して支える。
これで転びかけたのは三度目だ。
キョロキョロと辺りを見渡しながら歩いているからか、足元の注意が疎かになっているみたいだ。
「ありがとうなの、お花さん」
どういたしまして。
まあ、他にやることがない、っていうのもあるんだけどね。
周りの警戒に関しては、少し前を歩いている槍男がやっている。
もちろん私は私で警戒しているけどね。
「お花さん、ジルドお兄ちゃん、そろそろ休憩してお昼にしよ?」
ミーシャは少し疲れた様子でそのまま木の根に座り込んだ。
確かに、村を出てからずっと歩きっぱなしだし、それにもうとっくにお昼の時間だ。
「そうだな。ここで一度休憩にするか。俺は少し周りを見てくるから、先に食べていろ」
槍男が前から戻ってくると、そう言い残して木々の間に消えていった。
それを見たミーシャは頬を膨らまし、
「もう、一緒に食べようと思ったのに! いいもん、お花さん、先に食べちゃお!」
と、ポーチからパンと数種類の果物、それにナイフを取り出した。
パンは朝に村の露店で買っておいたもので、果物は森の中で見つけた際に取っておいたものだ。
私はミーシャから果物とナイフと受け取ると、それぞれ皮を剥き、薄くスライスする。
それを、切り込みを入れたパンに挟めば、フルーツサンドのできあがりだ。
ふっふっふっ。
果物をそのまま丸かじりしていた昔の私とは違うのだよ。
「わあ! お花さん、すごくおいしそうなの!」
ミーシャも喜んでくれているみたいで嬉しい。
ナイフを返して、代わりに水の入った皮袋を受け取る。
この水にも、森で取った柑橘系の果物の果汁を入れてある。
森の恵み様様だね。
「じゃあ、いただきます!」
いただきます。
フルーツサンドを一口食べる。
パンは少しかためだけど、フルーツのみずみずしさがそれをカバーしていて、美味しくなっているね。
ただ……生クリームを忘れていた。
これは完全に失態だね。
村に戻ったら探してみようかな。
そんな失態を知らないミーシャは、始終満足気な顔で完食してくれた。
まあ、結果オーライかな。
皮袋から水を飲みながら、木々に覆われた空を眺める。
しばらくゆったりとした時間が流れる。
木漏れ日が暖かくて、だんだん眠くなってくる。
少しウトウトし始めたとき、草むらが揺れる音が聞こえる。
そういえば、槍男が見回りに行ってたけど、すっかり忘れていた。
ようやく帰ってきたのかな。
そちらに目を向けると、予想通り槍男が立っていた。
――ただし、血相を変えて、息を切らしながら。
「パラズ・タラスだ。逃げるぞ!」
槍男がそう言うや否や、森の奥から巨大なクモが顔を現した。




