三十話 はじめてのおつかい
ミーシャたち獣人の住むこの村に来てから、十日ほどが経った。
朝から昼にかけてはミーシャと一緒にエリューさんの店の隣で魔法の練習、昼からは森へ行ったり買い出しへ行ったりとその日によってまちまち。
そして夜は文字の勉強と、のんびりとした毎日を送っている。
変わったことといえば、角イノシシ狩りをして収入ができたから、夜ご飯を改善したことくらいか。
あの時は本当に大変だった。
冷蔵庫なんて物はないから、干し肉を使うのは仕方がない。
そう思って、干し肉を使った野菜炒めでも作ろうかとミーシャの家の台所を漁ってみた。
……けど、ミーシャの家には調味料が一切なかったのだ。
これには思わずミーシャに詰め寄ってしまった。
いったい、今までどんな生活をしていたんだ、と。
もちろん喋れないから無言で。
涙目になったミーシャを引っ張って調味料を買い出しに行き、埃を被っていた台所の掃除をして、なんとか野菜炒めができた頃にはすでに夜も更けていた。
新発見だったのは、火の付け方だった。
ミーシャが台所にある小さな石に触れると、石から火が上がったのだ。
ミーシャによると『魔石』という物らしく、魔法を込めたり、込められた魔法を使ったりすることができるらしい。
色々と役に立ちそうだね。
そんなことを思い出しながら、今日もいつものようにエリューさんの店の隣で魔法の練習を終える。
水の球を打ち出す魔法――『ウォーターボール』と名付けてみた――も徐々に威力が上がってきている。
初日以来、一度も使っていないけど、今度の狩りでは使ってみようかな。
ミーシャの方へと顔を向けると、静かに目を瞑って魔力を溜めているところだった。
前へ突き出した両手が、薄い白い光に覆われている。
ミーシャは回復系の魔法が得意らしく、ああしてひたすら練習している。
回復魔法は実際に使わないと成長が分かりにくいけど、以前見たときより光が強くなっている気がする。
その横にいたエリューさんが、私の視線に気付いたようで、鋭い目を向けてくる。
エリューさんも、何だかんだ言いながら、よく魔法の練習に付き合ってくれる。
相変わらず目付きは怖いけど。
「ミーシャ、そろそろ行かなくていいのかい?」
エリューさんが私から目をそらすと、ミーシャに話しかけた。
ミーシャが目を開けると同時に、集まった魔素が散っていった。
「あ、そうなの! お花さん……はもう準備できてるね」
慌てた様子で私を見るミーシャ。
まだお昼までには余裕あるし、そんなに慌てなくても大丈夫だと思う。
「エリュー婆、今日もありがとうなの! お花さん行こっ!」
エリューさんにお礼を言い、パタパタと駆け足で寄ってくる。
私もお辞儀をすると、ミーシャと並んで歩き出す。
露店で適当にお昼を食べた後、向かったのは村長の家。
何やら私とミーシャに頼み事があるらしい。
どんな厄介事なんだろうか……考えただけでちょっと気が滅入るね。
そんなことを思いながら、しぶしぶと村長宅の扉を開けた。
「おお、来たか。呼びつけてすまんの」
大きな木のテーブルの向かいには、村長と槍男。
村長はイスに腰掛けており、槍男は相変わらずのポジションで槍を持ち仁王立ちしている。
少しだけ警戒していたけど、さすがに今日は飛びかかってこなかったね。
ミーシャと私がテーブルの向かいで立ち止まったのを見ると、村長がおもむろに口を開いた。
「今日は二人に依頼がある。ミーシャ、クポタ草は知っておるかの?」
「クポタ草……えっと、確か、すり潰して痺れたところに塗る薬草なの」
「その通りじゃ。数日前、村の男どもが狩りへ行った際に、何人かが魔物に麻痺毒を貰ってしまっての。それで在庫が底をつきかけておる」
あ、その話は私も聞いた。
確か、途中までは順調に狩りが進んでいたんだけど、突如現れたクモの魔物に襲われて、慌てて引き返した、という話だったはずだ。
麻痺毒はそのクモから受けたのかな。
「二人には、その薬になるクポタ草を取ってきて貰いたいのじゃ。もちろん、それなりの報酬は出す。それに、護衛としてジルドもつけよう。まあ、花のお嬢さんには必要ないかもしれんがの」
「……ふんっ。ミーシャの護衛くらい、俺一人で十分と言ったのだが」
イラッ。
え、なにあの態度?
嫌々付き合ってやると思いきり顔に出てるんですけど。
というか、私だって何日も森をさまよって生き延びてたんだ。
ミノタウロスやそれに近い魔物でも出てこない限り、早々負けるつもりはないよ。
私と槍男の間で、バチバチと火花が散る。
ミーシャは不思議そうな顔をして私と槍男を交互に見ている。
その様子を見ていた村長は軽くため息をつくと、話を続けた。
「それで、話は受けてくれるか?」
「わたしはいいよ! ジルドお兄ちゃんと出かけるのも久しぶりだね。お花さんも、一緒に受けてくれるよね?」
声を弾ませながら尋ねてくるミーシャ。
……まったく、子どもの無邪気さには敵わないね。
確かに槍男は気に食わないけど、断るほどでもない。
それに、村のために私ができることなら、やりたい。
私はミーシャの頭に手を置くと村長へと顔を戻し、大きく頷いた。




