三話 動けえー
おはようございます。
今日もいい天気ですね。
絶好の光合成日和です。
私が花のモンスターであるアルラウネに転生してから十日ほど経つけど、一度も雨が降ってない。
水分や養分は根っこから吸い上げているようだし、太陽が出ているうちは葉っぱで光合成もしているようで、問題はないんだけど……。
何というか、まるで点滴だけで生活してるような気分だ。
あー、雨でも何でもいいから口に入れたい。
ついでにシャワーも浴びたい!
あれから毎日動く練習をしているけど、結果は芳しくない。
根っこの感覚はだいぶ分かるようにはなった。
しかし、肝心の動かすことがほとんどできないでいる。
動くことは動くけど、一日で数ミリ程度。
カタツムリのほうがはるかに早く動けるわ!
何か……そう、言うなればエネルギーが足りない。
花のエネルギーといえば養分と考えて、丸一日じっとしてから試したこともあるけど結果は変わらず。
どないせえっちゅうねん!
あとは水分、つまり雨に期待している。
光合成するのにも水分は必要だし、植物にとって水は切っても切れない存在だ。
それでもダメとなると、本当に手詰まり。
空を見上げる。
少しだけ分厚い雲が流れてきている。
頼むよ、雨!
そして私の身体!
翌日、昼頃から待望の雨が降った。
転生後初となる飲食(雨)と、同じく初となるシャワー(雨)を済ませた私は、大満足でくつろいでいた。
はー。
やっぱシャワーはいいわー。
元は植物だからか体臭はしないんだけど、それとこれとは話が別。
何より、妥協しちゃうと女子的にアウトな気がする。
それと、今更だけど、私裸だった。
見る人なんていないし、隠せるような物もない。
今は仕方がないけど、動けるようになってからの課題だ。
そして雨はちゃんと水の味がした。
味覚がなかったらどうしようと心配してたけど、杞憂だったみたいだ。
さてと、じゃあ早速練習しますか。
水分がエネルギーになるなら、雨降っている今が一番動けるはず。
それに、雨で岩の中の土も柔らかくなっていると思う。
根っこに意識を集中し力を入れる。
お願い、動いてー!
ふんーっ!
ズッと土の中で根っこが動く感触がする。
おお!
今までで一番の手応え!
引き続き力を込める。
ズッ……。
ズッ……。
……あ、うん。
ダメだこりゃ。
確かに前よりは動くけど、それだけ。
足の代わりになるかと言ったら、ムリ。
そもそも土から抜けそうにない。
完全に手詰まりになってしまった。
どうしよう?
いっそのこと、根っこ引きちぎってみる?
いや、多分死ぬな。
諦めて一生ここで過ごそうか?
なんかもう、それでいいんじゃないかという気がしてくる。
私、頑張ったよね? もう、ゴ――。
突如、足元から低い唸り声が響き渡る。
何、今いいとこだったのに。
崖下を覗くと、でっかい牛の頭をつけた、全身こげ茶色のマッチョがいた。
腰の部分には申し訳程度にボロ切れが巻かれている。
あー、うん。
人としての知識に、同じ容姿のモンスターがいる。
……あれ、ミノタウロスだ。
ミノタウロスは何かを探すようにキョロキョロと首を動かしている。
お目当ての物がなかったのか、のっそりと崖を見上げるミノタウロス。
それを見下ろす私。
目と目が合う。
見つめ合うとー、という何かの曲が頭の中で流れる。
と、ミノタウロスは何を思ったのか、突然崖に手を掛けて登り始めた。
ちょっ!?
え、何あの牛頭マッチョ?
明らかに私のこと狙ってるよね!?
岩が登りにくい材質なのか、雨で滑るのか、はたまたその体重ゆえか、登るスピードはかなり遅い。
でも、数分としないうちにここに辿り着くだろう。
ただ崖を登っているだけの可能性もあるけど、さすがに楽観的すぎる。
マジか!
急いで逃げないと!
そう脳裏をよぎるが、即座に否定する。
私こっから動けないんだ。
じゃあ、迎え撃つ……?
周りを見渡す。
手頃なサイズの石があったので、拾い上げる。
えいっ!
投げつけてみる。
石はミノタウロスの角に当たると砕け散った。
おおう……。
怒り狂うように声をあげるミノタウロス。
さっきよりも目付きを鋭くしてこちらを睨んでいる。
あ、やば。
怒らせちゃったようだ。
だけど、あの程度じゃ逆効果というのがよく分かった。
石だってそんなに落ちてないし。
そうすると打つ手がない。
あれ、私死んだ?
嘘でしょ?
まだ生まれて二週間も経ってないよ?
私の人生――花生、ここで終わり?
……ふと消えていった花のことを思い出す。
いや、諦めるにはまだ早い。
こんなところで死んでなんかいられるか!
視界を閉じて、できることを、文字通り必死で考える。
人としての私だけじゃなく、花の記憶、モンスターとしての本能にまで選択肢を広げていく。
すると――あった。
『毒花粉』と『茨の蔓』。
それが、今の私に取れる最大限の選択肢。
目を開けて崖下を見下ろす。
ミノタウロスは半分ほどを過ぎたところまで登ってきていた。
覚悟を決めろ、私!
この二つの武器で、あの牛頭を退けるしかない!




