二十八話 角イノシシ狩り
「な、なんだ、その魔物は!」
私の方を見て、門の上にいる門番のおじさんが騒ぐ。
この村に来たときも同じように騒いでいたね。
門番だから、危険を察知したら知らせるのは当たり前なんだろうけど。
ちなみに、騒いでいるのは私を見てじゃなくて、私の後ろの角イノシシを見て、だと思う。
……そうだよね?
しばらく待っていると、門が少し開き、中から慌てて兵が三人出てくる。
って、またこの兵士トリオか。
「って、またあんたか」
「なんだ、ミーシャと花の嬢ちゃんじゃないか」
「おい、門番! 今更なに騒いでるんだ!」
一番後ろの犬耳の人が、振り返って門番さんに苦情を言う。
「違う、その花のことじゃない! その後ろだ、後ろ!」
「はあ? 後ろ?」
三人が私の後ろの覗き込むと、「うわっ」という声をあげて後退りした。
そんなに驚くことかな?
村の店でも角イノシシのお肉は売っていたと思うけど。
「お、おい、死んでいるんだよな?」
先頭の人が恐々と訪ねてくるので、私はもちろんと頷いておく。
さすがに生きている魔物を村の近くまで連れてきたりはしない。
「おいミーシャ、いったいどういうことだ?」
「えっと……わたしにも分からないの。お花さん、もう一回説明してくれる?」
さっきと同様に、左手で角イノシシを指差し、右手でお金のジェスチャーをする。
それを見て、兵三人はそろって首を傾げた。
ミーシャが純粋だから分からないだけかもと期待したけど、やっぱり分からないのか。
はあ、仕方がない。
斜め前にいるミーシャの肩をちょんちょんとつつく。
「なに? どうしたの、お花さん?」
振り返ったミーシャの腰にあるポーチを指差す。
エリューさんの店で、ポーチに銀貨の袋を入れているのを見たことがある。
さらに棘の蔓を一本伸ばすと、地面に口を紐で縛ったような巾着の絵を描き、その隣に丸を数個描く。
袋と硬貨……を描いたつもりだけど、通じるかな?
「あっ! もしかして、お金? お花さん、このホーンボアを売りたいの?」
うん、それそれ!
さすがミーシャ。
私の絵で伝わって、本当に良かった。
伝わらなかったら丸一日は落ち込むところだったよ。
「魔物がお金稼ぎ……? あれ、魔物ってなんだろう?」
「おい、落ち着け。花の嬢ちゃんがおかしいだけだ」
さらりとおかしいとか言われた。
酷い。
けど、ユニーク個体なので、一概に否定できないのが何とも悲しい。
「とにかくだ。解体もせずにそのままでは、村に入れることはできないぞ。専門の人を連れてくるから、少しここで待っていろ」
そう言うと、三人とも門の中に引き返していった。
ミーシャと一緒にしばらく門の外で待っていると、兵トリオを先頭に、数人の人がやってくる。
その中には、昨日の焼肉のお姉さんもいた。
「ミーシャちゃんにお花ちゃんじゃない。解体作業っていうから、てっきり門番が仕事をしたのかと思っちゃったわ」
「いつもしてるよ!」
「あら、それは失礼」
舌を出してテヘッと笑うお姉さん。
ピンと尖った狐耳お姉さんのその仕草は破壊力が凄い。
元居た世界だったら、男の人が卒倒していてもおかしくないね。
「で、そのホーンボアを解体すればいいのかしら?」
「ああ、頼む」
会話を済ますと、手提げのアイテムバッグからナイフや水を取り出し、解体を始めるお姉さんたち。
ポイズンバイパーのときも思ったけど、惚れ惚れするくらい手際が良い。
うーん。
やっぱり解体できる人が一人は欲しいかな。
それか、この大きさの魔物が入るアイテムバッグがあればいいんだけどね。
それから三十分も経っていないくらいか。
あっという間に内臓を取り出し、血抜きをし、毛皮などの素材と大きなお肉のブロックに切り分けてしまった。
「終わったわよ。死んでからまだ時間が経っていないから、かなり新鮮なお肉になったわ。ところで、このお肉とか毛皮はどうするのかしら?」
「えっと、お花さんが、売りたいんだって」
「――え!?」
ざわりと沸き立つお姉さんたち。
え、何この反応?
もしかして、勝手に森で魔物を捕まえて売るのは駄目だったの?
困惑した様子が顔に出ていたのか、お姉さんが慌ててフォローしてくれる。
「ああ、ごめんなさい。こんな状態のいいお肉、滅多に手に入らないから、浮足立っちゃっただけよ」
「そうそう、村のお肉の大半は、日保ちするように加工されたものばかりだからね」
なんだ。
てっきり密漁で捕まったり村を追い出されたりするのかと焦っちゃったよ。
「丸々一匹分だから……人数で分けたとして……手持ちじゃ足りないわね。そっちはどう?」
「私はお金なんて持ってきてないわ」
「右に同じ」
他の解体職人に尋ねるが、みんな首を横に振る。
お姉さんは「そうよね」と口に手をあてて悩む。
かと思いきや、突然芝居がかった声で喋り始めた。
「ああ、困ったわー。お金が払えないから、今買い取ることができないわー。でもこのままだと鮮度が落ちて、値段も下がってしまうわー」
チラチラ。
芝居を続けながら、何度も目線を送ってくるお姉さん。
あー。
つまり、後払いさせてほしいってことね。
別にそれでいいよ。
私はどうぞ持っていってと、手を角イノシシに向ける。
「さすがお花ちゃん! 話分かるわね! 明日までにお金は用意しておくから、また明日店に来てちょうだい」
とたんにパッと花が咲いたように顔を綻ばせるお姉さん。
表情がコロコロ変わる人だね。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私はヴェリック精肉店のキャティよ。これからよろしくね!」




