二十六話 初めての魔法
エリューさんは水の塊を地面に落とすと、私に向き直った。
「さ、あんたもやってみな」
私は大きく頷くと、右手を前に出す。
それを見たミーシャとエリューさんが急いで十メートルほど距離をあける。
いや、だからそこまで警戒しなくてもいいじゃん。
「お花さん! 暴発しても周りが吹き飛ぶだけだから、大丈夫だよ!」
うん、大丈夫じゃないね。
それに暴発させるつもりはないから。
というか、ミーシャはなんで暴発についてそんなに詳しいのかな?
……まあいっか。
目を閉じて、気持ちを切り替える。
まずは空気中から魔素を集める。
集まってきた魔素を、魔力へと変換する。
ただ、魔力と言われてもいまいちピンとこなかったから、イメージ的には酸素や水素で水を作る感じだ。
すると、徐々に身体の奥が温かくなっていくのが分かる。
ヒールをかけられた時の感覚と似ている。
魔力が溜まったところで、使う魔法を思い描く。
イメージするのは、さっきエリューさんが見せてくれた魔法。
空気中の水分が集まって、水の球体が出来あがっていく――。
「お花さん!」
ミーシャの声がしたので目を開けてみる。
すると、手のひらの上に、小さいけど水の球体が浮かんでいた。
わわっ!
え、凄い!
魔法だよ!
私、魔法使ってるよ!
興奮して集中力が途切れたのか、集めた魔力が尽きたのか。
水の球体は重力に従い、私の手を濡らしながら地面に落ちていった。
「暴発しないで一回で成功するなんて凄いの!」
「さすがは魔物。魔力の扱いには長けているようだね」
水が消えたのを見計らって二人が戻ってくる。
あとミーシャ、やっぱり暴発させたんだ……。
「これで魔法の使い方は分かっただろう? あとはひたすら魔素を集めて魔力を練ること、使う魔法のイメージを固めること。この二つの練習をしっかりやれば上達するさ」
「お花さん、今日から一緒に練習しようね!」
「ああ……ようやく。本当にようやくミーシャがやる気になってくれて、あたしゃ嬉しいよ」
エリューさんが腕を組んで感慨深く頷いている。
そういえば、なんでミーシャは魔法を教えてもらってるんだろう?
魔法が使いたくてしょうがない、という様子でもないし。
森に行ってるから、自衛のため?
うーん、なんか府に落ちない。
「さ、あたしが教えられるのはここまでだよ。あとは自分でなんとかしな。ま、たまになら練習に付き合うくらいはしてやるよ」
「エリュー婆、ありがとう! また来るね!」
回れ右して店に戻っていくエリューさん。
自分でなんとかしな、と言いながら、たまに練習に付き合ってくれるとか。
ツンデレ?
エリューさんが店の中に入ったのを見届けると、ミーシャが話しかけてくる。
「どうする、お花さん? まだ練習していく?」
せっかくの魔法だし、もうしばらくは練習してみたい。
私が頷くと、ミーシャは小走りで数メートルほど離れる。
「じゃあ、わたしも一緒に練習するね!」
そう言って両手を前に出して「ヒール」と唱え始めた。
楽しげに練習するミーシャ。
うん、負けてられないね。
◇◇
日も高くなった頃。
私とミーシャは魔法の練習にきりをつけて、お昼を食べるため中央通りへと来ていた。
しかし、ここで致命的な問題を思い出すことになる。
……私、お金持ってない!
朝と夜はミーシャから貰ってたし、昨日の昼はヘビ肉のバーベキューだった。
このままじゃダメだ。
こんな小さな子に寄生生活なんて、たとえミーシャが許しても、私のちっぽけなプライドが許さない。
何か、お金を稼ぐ方法を考えないと!
とはいえ、今すぐにお金を稼ぐこともできない。
今日のところはミーシャにお世話になることとする。
ちょうどお昼時なのか、中央通りを歩いていると、辺りから美味しそうな匂いが漂ってくる。
近くの出店を覗いてみると、何かの肉の串焼きが売られていた。
「おお、あんたが噂の花の嬢ちゃんだな! なんだ、串焼きに興味があるのか?」
「お花ちゃんじゃない? こっちの焼肉もおいしいわよ!」
「……あん? 肉食うなら串焼きだろう?」
「……はあ? あなたそれでも男? お肉ならガッツリ焼肉でしょう?」
「串焼きだ!」
「焼肉よ!」
そのまま言い合いを始める串焼き屋の男性と隣の店の女性。
なぜ喧嘩になる……。
助けを求めるようにミーシャを見ると、素知らぬ顔で反対側の店を覗いていた。
「お花さん、このボア肉の入ったコロッケ美味しそうだよ」
いや、止めようよ。
という意味を込めて言い争う二人を指差してみる。
「いつものことだから、放っておいて大丈夫なの」
あ、放置でいいんだ……。
その後、結局コロッケと、近くの店でスープを買って、昨日の広場で食べることになった。
お金はミーシャに払ってもらった。
罪悪感というか、申し訳なさが半端ない。
うーん。
コロッケを食べながら考えてみる。
私にできる仕事ってなんだろう?
小物類を作って売る、というのは森で迷ってるときに考えたけど、実際売れるんだろうか。
左腕の応急処置を見たときのエリューさんの反応は、正直微妙だった。
それに、この方法だと時間がかかるんだよね。
将来的にはのんびり店でも構えたいけど、今は元手もないし、地道に稼ぐしかないかな。
というわけで、やっぱり森に行って何かを集めるのが一番か。
薬草……はミーシャの仕事を奪っちゃうから、果物とか。
あとは、魔物を倒してその肉を売るとかか。
……需要あるのかな?
うん、誰にも聞けないし、実際やってみるかな。




