二十三話 魔素は危険?
「話が逸れたね。その魔物の腕を治すんだね?」
「うん、お願い」
「あいよ。あたしも長いこと魔法使ってるけど、さすがに魔物を治すのは初めてだよ」
そう言いながらカウンターを回り込んで出てくるエリューさん。
って、あれ?
この人、尻尾がない?
「あん? いくら見てもしっぽはないよ。あたしゃ獣人族じゃないからね。それよりも、その、よく分からない蔦の中から腕を出しな」
よく分からない蔓とか言われるとショックだ。
結構自信作だったのに……。
あと、やっぱり獣人以外の種族もいるんだね。
獣人が嫌という訳じゃないけど、少し安心した。
私は首にかけた蔓ごと左腕を出すと、応急処置の蔓や枝を外していく。
「なんだ、よく見ると手当てしてあるのかい。ミーシャがやってやったのかい?」
「ううん、違うよ。わたしが会ったときには、もうしてあったの」
「ってことは、あんたが自分でやったのかい?」
視線を向けられたので、頷いておく。
エリューさんは呆れたようにため息をつく。
え、ため息つかれるようなことなの?
「まったく、ますます人間染みているねえ。まあいい、しばらくじっとしてな」
エリューさんは私の左腕に自分の両手を添えると「ヒール」と唱える。
魔素やら魔力やら言っていたのを聞いたからだろうか。
見えないエネルギーのようなものが、エリューさんに集まっていく気がする。
エリューさんの両手から神秘的な白い光が溢れ、私の左腕が包まれる。
同時に、左腕が温かくなり、感覚が戻っていく。
「ふう。ほら、終わったよ」
そのまま一分ほど経った頃だろうか。
光が静まり、エリューさんが軽く息を吐いた。
私は左腕を振ったり軽く握ったり開いたりしてみる。
おお!
ちゃんと元通り動くよ!
「どうやら問題ないようだね」
「エリュー婆ありがとう! お花さん、よかったね!」
ミーシャが自分事のように笑顔を向けてくれる。
ヒールの魔法をかけてもらったとき、「私じゃ治せない」と悲しそうに言っていたのを思い出す。
もしかして、ずっと気に病んでくれていたのかな。
お礼に頭を撫でると、嬉しそうな表情を浮かべた。
「ところでミーシャ。薬草集めもいいが、ちゃんと魔法の練習はしているのかい?」
「……うっ。も、もちろん、してるよ!」
「ま、やってないだろうとは思ってたさ。だから、いつまで経っても魔力の練り方があまいんだよ」
「ううー」
口を尖らせて唸るミーシャ。
うん、かわいいけど、ごまかせてないよ。
それよりも、今、魔法の練習って言ったよね。
魔法って練習すれば私でも使えるのかな?
さっきエリューさんが魔法を使った光景を思い出す。
確か、エネルギーみたいなものが集まってきてたよね。
ためしに軽く目を閉じてみる。
んー。
ふわっとしか分からないけど……こんな感じかな?
身体中から酸素を取り込む感じで、エネルギーを集めるように意識する。
徐々に身体の芯に不思議な力が溜まっていくのが分かる。
「お、おい! ちょっと待ちな!」
そこでエリューさんが慌てた声で止めてきた。
何、いいとこだったのに。
目を開けると、呆気にとられた表情の二人に見つめられていた。
え、私、何か悪いことした?
「あんた、魔素を集めすぎだよ! この店を吹っ飛ばす気かい!」
「お花さん、すごい量の魔素だったよ!」
「誉めてどうする! ……はあ、魔法に興味あるならあたしが教えてやるから。頼むから、魔法の使い方も知らないのに魔素を集めるのはやめておくれ」
え、魔素を集めすぎ?
それに、店を吹っ飛ばす?
うーん?
……うん、なんかよく分からないけど、魔法を教えてくれるらしい。
嬉しい誤算だ。
「やった! お花さんも一緒に魔法の練習できるんだね!」
「……はあ。とりあえず、今日はいったん帰っておくれ。あたしは薬草が駄目になる前に、作業しなくちゃいけないからね」
「うん、分かった! また明日くるね!」
エリュー婆は再びため息をつくと、手をあげてひらひらと振りながらカウンターの奥の部屋へ戻っていった。
その後ろ姿を見送ってから、私はミーシャを見る。
ミーシャも私を見上げたタイミングだったようで、互いに顔を見合わせる形となった。
このあとどうするの? と聞く意味で首を傾げてみる。
「お花さん、どこか行きたいとこある?」
いや、私に聞かれても……。
この村のこと何も知らないし。
しいて言うなら、村の案内とかして欲しいかな?
まあ、声が出ないから言えないんだけど。
そのとき、ミーシャのお腹から小さく音が鳴った。
ミーシャはさっとお腹を押さえる。
顔が少し赤くなっている。
うん、お腹空いたんだね。
窓から空を見上げると、太陽も高い位置にいる。
意外と時間経ってたんだ。
ミーシャに顔を戻すと、真似してお腹を押さえてみる。
「そ、そうだよね! お花さんもお腹空いたんだよね! じゃあ、ご飯食べに行こっか!」
私の手を取り、お腹の音をごまかすように急いで歩き出す。
いつも通り私もミーシャに引っ張られる。
先行くミーシャの揺れるしっぽを目で追いかけながら、そういえばお金持ってないと思い出した。




