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二話 花のモンスターっていたよね

 頭がグラグラと揺れる。

 乗り物酔いになった時のように、胸の奥にまだ気持ち悪さが残っている。


 くそう、あの花め。

 いきなり人の身体乗っ取りに来やがって。

 しかも抵抗したらしたで、記憶だけ植え付けて消えやがって。

 いや、私の身体じゃないんだけど。

 むしろ私が乗っ取ったらしいんだけど。

 でも、今はもう私の身体だ。

 ちょっぴり罪悪感が湧くけど、この世界は弱肉強食なのだ……たぶん。


 私に流し込まれたもう一つの記憶を思い出す。

 私が私になる前の、花としての記憶。


 この崖で芽を出し、花を咲かせ、長い年月をじっと過ごし、やがてモンスターへ成った。

 ただ、それだけ。

 だけど、あの花にとっては大事な、最後の力を振り絞って私に渡すほど大切な記憶。

 不本意だけど、確かに受け取ったよ。


 消えていった花に心の中で手を合わせると、気持ちを切り替え、あらためて身体を動かす。

 首を回すだけでも世界が広がる。

 首が動くってこんなに便利だったんだ。

 失ってから初めて気づくことってあるよね。

 って、人の頃の記憶がないやつが言っても説得力ないか。


 まずは全身を見回してみる。

 直径一メートルくらいの巨大な花の中心から、人の上半身がニョキリと生えている。

 これ、端から見たら、花に食われかけてる人だよね。

 花びらは目を惹くような真っ赤な色で、二、三枚ほど入れ子になるように広がっている。

 その下には花びらより一回り大きな葉っぱが見える。


 そして上半身の方は……平らだった。

 何が、とは言わない。

 言いたくない。

 ステータスだの希少価値だの、なぜか釈然としない単語が浮かんだが、何のことだろうか。

 一応かすかに膨らみはあったから、女の子であるのは間違いないみたいだ。

 ちなみに、なぜかちゃんと()()()もあった。

 深く考えるのはやめた。


 肌は薄い緑色をしていた。

 何て言うんだったっけ。確か……牡蠣色(かきいろ)? あれ、淡緑色(たんりょくしょく)だっけ?

 髪も長く腰まで伸びていて、こちらはエメラルドのような鮮やかで深い緑色をしている。

 まあ、元々は植物だもんね。

 緑色なのは仕方がない。


 手を顔の前に持ってくる。

 何となくだけど、以前の私より一回り小さく、少しふっくらとしている気がする。

 軽く握ったり開いたり、指を動かしたりしてみる。

 うん、ちゃんと思い通りに動く。


 恐らくだけど、さっきまで身体が動かせなかったのは、身体の所有権が私に移っていなかったからだと思う。

 車には乗ったけどカギを持ってない、というより、助手席に座っていた状態。

 それが、運転手である花から運転席とカギを奪ったことで車を動かすことができた、というわけだ。

 うむ、我ながら酷いことをしたもんだ。


 本当は顔も見てみたいけど、鏡になるような物はないので諦めた。

 代わりに顔をペタペタと触ってみる。

 うん、目も鼻も口も記憶通りの位置にある。

 耳もあるね。

 髪の毛は、っと……ん?

 んん?

 手に違和感を覚える。

 いや、髪はある。

 長いから自分でも見えるし。

 ハゲてもいない。

 問題はそこじゃない。


 花が咲いていた。

 頭のてっぺんから少し右にずれた位置に、まるでさも当然のことだというかのように、手のひら大の花が咲いていた。

 ……えいっ!

 いだっ!

 試しに引っ張ってみたら痛かった。

 ちょっと涙出た。

 あー、こりゃ完全に生えちゃってるわ。

 気にならない位置だし、まあいっか。

 なんかヘアアクセみたいで可愛いし。


 それにしても、一通り見てみた感じ、頭の花と色以外は人間と同じだ。

 確か、こういう姿の花のモンスターは、アルラウネって言うんだよね。

 知識にあるアルラウネより気持ち子どもっぽい気がするけど、私生まれたばっかりだし、おかしくはないか。

 これでも植物から派生したモンスターだという自覚はあるから、触手のウネウネ生えた、いかにもモンスターな姿じゃなくて一安心した。

 ちょっと心配だったんだよねー。


 最後に発声練習。

 せっかく口があるんだし、コミュニケーションは大事だよね。

 あー。


「ーー」


 ……ん?

 も、もう一度。

 あーー!!


「ーーっ!」


 うーん、息しか出ない。

 というより、まず喉が動いてない。

 植物だし、元々声が出ない生態なのかも。

 これ、誰か他の人と出会ったときにどうしようか。

 ……まあ、その時考えよう。


 声が出ないのは予想外だったけど、身体の確認はおおむね満足したので、背後を振り返る。

 白い岩肌が見える。

 そのまま見上げると、三、四メートルほど上に崖の頂上が見えた。

 続いて崖下を覗き込む。

 前を向いていた時から気づいていたけれど、改めて見ると十メートルはありそうなほど高さがあった。

 私はちょうどこの花が乗るくらいの岩棚にいるらしい。

 うーん、移動するなら上だなこりゃ。

 って、そもそも移動できるの?

 ここに生えてるんだよね?


 下半身に力を込めてみる。

 ……うんともすんともいわない。

 あー。

 どうしよう。

 今度は足の先だけに意識を集中してみる。

 動けー!

 動けーっ!!

 ピクリ、と固いものに触れる感触が返ってくる。

 お!

 今の、もしかして土の感触じゃない?


 どうやら、頑張れば動かすことはできそうだ。

 うん、それだけ分かれば大丈夫。

 もう何も恐くない!

 ――あ、これダメなやつだ。


 とにかく、目標は足……というか根っこを自由に動かせるようになること!

 よし、これでいこう!

 ……あ、でも今日はもういいや。

 何か急に疲れが出てきた。

 見上げると、太陽はいつの間にか傾いていて、空を赤く染め上げている。


 うん、明日から頑張ろう。

 そうしよう。

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