外伝 トニスとアッリの結婚式 後編
式場に入ってすぐのホールを横に曲がり、関係者以外立ち入り禁止と言わんばかりの薄暗い廊下を進み、途中の部屋に入る。
部屋の中は窓から射し込んだ光に照らされており、さらに白い壁に反射しているためかかなり明るい。
とりあえずこれで落ち着いて話ができるかな、と思いきや、間仕切りの向こうにいた先客が顔を出した。
「あれ、スズハ様? どうされ……あっ!」
間仕切りから現れたのは、純白のウェディングドレスを着たアッリさんだった。
アッリさんは私たちに気付くと、顔をパッと明るくし、ドレスをたなびかせて駆け寄ってきた。
「リルカさんに、アルネさん! それにミーシャちゃんも! 来てくれたんですね!」
「わっ、アッリさん、綺麗なの!」
「うん……。すごく似合ってる」
「あはは、ありがとうございます」
二人の言葉に私も賛同するように頷くと、アッリさんは照れたように頬を掻いた。
アッリさんがいるということは、ここは新婦の控え室なのかな?
もしかしてスズハさん、わざとこの部屋に連れてきた?
――って、そうだ。
なんでここにスズハさんがいるかを聞かないと。
私はスズハさんの肩をつつくと、振り返ったスズハさんとアッリさんの顔を交互に見た後で首を傾けた。
今日はドレスということでいつものアイテムバッグは持ってきていない――つまり私の会話手段である黒板がないのだ。
なんとかジェスチャーだけで乗りきるしかない。
「……もしかして、私の家名を覚えていないのですか?」
私の行動にスズハさんは訝しげな表情を浮かべた後、なぜか問い掛けで返してきた。
あれ、通じてないのかな?
というかスズハさんの家名って……何だったっけ?
以前、ミーシャの村が襲撃にあった際、王都近衛騎士団の団員証を見せてもらったことがある。
確かそこに名前が刻まれていて、えーっと……。
「……ノーウェイ。スズハ・ノーウェイ」
あ、そうそう、それだ。
リルカ良く知ってるね……って、ノーウェイ!?
「その通りです。あなたは確か、冒険者の『烈火』? 以前どこかで?」
「気のせい……」
「そうですか、失礼しました」
スズハさんとリルカが何か話しているけど、私は驚きでそれどころではない。
え、ってことは、リルカと同じ四大貴族の一つ?
スズハさん、貴族だったの!?
「アルネさん、知らなかったのですか? スズハ様がお知り合いと言うので、招待状などもお任せしてしまっていました」
アッリさんが申し訳なさそうに頭を下げてくるので、私は慌てて首を横に振る。
大丈夫大丈夫、私が忘れていたせいなんだし!
「スズハさん、貴族様だったの?」
「そうですよ。ですが気にせず、今まで通り接していただけると嬉しいです」
「うん、分かったの!」
ミーシャがおずおずと尋ねるが、スズハさんが表情を柔らかくしたことで安心したのか、すぐに笑顔に戻った。
そっか、ノーウェイって名前に聞き覚えがあったのは、スズハさんの名前だったからか。
「遺跡の調査はお主が出したのかの?」
「いえ、あれを出したのはノーウェイ家の現当主――つまり私の父上です。私は父上の伝でアッリたちと知り合い、ささやかですが結婚式のお手伝いをしているのです」
なるほどね。
私たちの友人のスズハさんが、アッリさんたちの依頼主の娘で、さらにリルカと同じ四大貴族のノーウェイ家だったってことか。
不思議な縁もあったものだね。
「おーい、アッリ。そろそろ準備……って、スズハ様!」
ちょうど話が落ち着いたところへガチャリと扉を開けて顔を覗かせたトニスさんが、スズハさんを見てびっくりしていた。
◇◇
「新郎トニス。汝は新婦アッリを妻として、健やかなるときも病めるときも、愛し、敬うことを誓いますか?」
「はい、誓います」
「新婦アッリ。汝は新郎トニスを夫として、健やかなるときも病めるときも、愛し、敬うことを誓いますか?」
「誓います」
入り口のホールの奥、天井の高い教会風の部屋で、アッリさんとトニスさんが並んでいる。
部屋の一番奥にはこの世界の神様なのか、羽根の生えた女性の像が置かれており、その前に立った神父らしき男性が分厚い本を手に誓いの言葉を読み上げていた。
私たちは手前に並んだ椅子に座り、その様子を静かに見守っている。
ちなみにこの世界には結婚指輪という風習はないようで、それを聞いたときは少し残念な気持ちになった。
まあ、確かに指輪をしている人を今まで見たことがないよね。
「それでは、新郎トニス。新婦アッリへ誓いの口づけを」
二人が向かい合い、トニスさんがアッリさんのウェディングヴェールを持ち上げる。
そして目を閉じたアッリさんと軽く口づけを交わした。
顔を離した瞬間、私たちの周りから拍手や歓声が響き渡る。
私もおめでとうの気持ちを精一杯込めて拍手を送る。
二人は恥ずかしそうに、だけど溢れんばかりの笑顔で手を振っていた。
私はチラリと隣のミーシャ――目を輝かせながら手を叩いている――に目を向ける。
今はいつも私の隣にいるけど、いつかはミーシャも誰かと結婚するのかな?
ミーシャは可愛いし何事にもひたむきに頑張る良い子だから、お嫁にもらう人は幸せ者だね。
……なんてことを考えながら、私は再び前に向き直り、アッリさんとトニスさんの結婚を祝福するのだった。