外伝 トニスとアッリの結婚式 前編
「お花さん、逃げちゃダメだよ?」
「……ボクもミーシャももう用意はできている。あとはアルネだけ」
ミーシャとリルカがじりじりと間合いを詰めてくる。
私は逃げ道がないかと部屋中を見渡すが、唯一の出入り口はエステルさんに押さえられている。
エステルさんと目が合うが、苦笑しながら首を横に振られた。
くっ……ここまでか。
「さあ、お着替えしようね、お花さん?」
そう言ってミーシャは手にした薄緑色のドレスを私に近付けてきて――。
◇◇
それは、いつものように依頼を終えて王都の家へ帰ってきたときのことだった。
扉の隣の郵便受けに、一通の手紙が届いていたのを発見した。
真っ白な封筒には二本の剣が交差するような模様の封蝋がしてあり、見るからに貴族絡みの何かだということが分かる。
「……ノーウェイ家の紋章」
ノーウェイ家って、確か四大貴族の?
リルカが手紙を手に呟いた言葉に私は首を捻る。
リルカはこれでも貴族のご息女だけど、貴族であることは周囲には秘密にしている。
知っているのは私たちパーティの面々と、後は本屋のお爺さんくらいだろう。
けど、お爺さんがリルカに他の貴族の手紙を――しかも郵便受けに入れるという形で――届けることはないと思う。
となると、以前の遺跡騒ぎ関係のことかな?
まあ、他に思い当たる節はないんだけどね。
問題は内容だ。
「ほう、貴族からの文か。何が書かれている?」
「待って。今開ける。……トニスさんとアッリさんからみたい」
エステルさんに急かされるように封を切り、取り出した手紙を読み始めたリルカが言葉を溢した。
なんであの二人が……あ、遺跡調査の関係か。
それならノーウェイ家からの手紙というのも頷ける。
何か新しいことでも分かったのかな?
もうミーシャの両親は王都に戻ってきているし、遺跡調査は終わったと思ったんだけど……。
ちなみにミーシャの両親はまた長期の依頼で出掛けている。
旅行を兼ねて依頼を受けるのがあの二人のスタイルらしい。
私が用件を想像していると、続きを読んでいたリルカから爆弾が投下された。
「……あの二人結婚するらしい」
――え?
ええーっ!?
◇◇
そして結婚式の当日、私はミーシャたちに詰め寄られてドレスを着させられ、専用の馬車へと放り込まれていた。
派手な飾りもないシンプルな薄緑色のワンピースドレスは可愛いと思うし、普通なら着たいとだって思うはずだ。
けど忘れてはいけない。
私の花びらのスカートは、スカートではなく身体の一部なのだ。
当然脱ぐことはできないため、スカートの上からドレスを着るという変なコーデになってしまっている。
私は馬車の隅っこで三角座りをしながら下半身を見る。
……ううっ、やっぱりなんか変に見えるよう。
というかいつの間にこんなドレスなんて用意したんだ……なぜかサイズもちょうどだし。
「いつまでしょげているのだ? 何度も言っているが、どこも変ではないぞ?」
「似合ってると思う」
「そうなの、お花さん可愛いの!」
同じくシンプルなワンピースドレスを着たリルカとミーシャが励ましてくれる。
リルカは紺色、ミーシャは黄色のドレスで、二人とも髪を結っているためかいつもよりさらに可愛い。
エステルさんはいつもと同じドレスのような服を着ているから変わらない。
「そろそろご到着いたします」
御者の言葉を聞いて、私は観念するように心の中で大きなため息をひとつつく。
まあ、もう着くんだし、今さら引き返せない。
私は顔を上げると、手を伸ばしてミーシャの頭を髪が崩れないように軽く撫でた。
式場に到着した後、気持ちを切り替えた私は、ミーシャの手を取って馬車から降りる。
途端に視線が集まり、ひそひそ声があちらこちらから聞こえ出す。
……やっぱりこの格好変なんじゃ? と一瞬思ったが、聞き耳を立ててみると別のことを言われている。
「あれが噂の……」
「影の魔物を倒したっていう……」
「何あの美少女の集団」
「……本当に亜人の子もいるんだ」
あー、なるほど。
他の参列者は遺跡調査隊の人が多いらしいし、影の魔物の討伐の話が広まっているのか。
でも、悪意はないとはいえ、視線を浴びるのはあまり落ち着かない。
それはミーシャやリルカも同じのようで、私たちが早々に式場の中に入ろうとした、その時――。
「何を騒いでいるのですか?」
聞き覚えのある静かな、けれど凛とした声が喧騒の中に響いた。
教会風の式場の入り口を見ると、黒いドレスにベージュのカーディガンを羽織った女性が階段を降りてきていた。
って、あれ、スズハさん!?
え、なんでスズハさんがこんなところに?
「アルネさん、ミーシャさん。それにご友人の皆様。トニスとアッリの結婚式へようこそいらっしゃいました」
困惑する私たちのもとまで歩いてきたスズハさんは、慣れた動きでカーテシーをする。
それだけで周囲が再びどよめく。
「スズハ様が頭を下げた――!?」
「知り合いなのか?」
「また美少女が一人増えたわ……」
「スズハ様のあんな柔らかい表情、見たことないよ」
あと、さっきから変なのが一人混じっている気がするけど、気にしたら負けだよね、きっと。
「スズハさん、お久しぶりなの!」
ミーシャが駆け寄ってスズハさんに抱き付く。
私も近寄ると軽く会釈をした。
「ええ、お久しぶりですね。それよりも、まずは場所を変えましょうか」
スズハさんの提案で、完全に好奇の眼差しを浴びてしまっている私たちは式場内へと移動するのだった。