外伝 ミーシャの里帰り 後編
村長の家に入った私たちは、勧められるまま椅子に座る。
長方形テーブルの一番奥の上座に村長、その左側にジルド、キャティさん。
反対側に私とミーシャ一家の四人が腰掛けたところで村長が口を開いた。
「帰ってくるなら事前に連絡くらい入れて欲しいものじゃな」
「すまない、すっかり忘れていた」
「そういう抜けているところは昔から変わっておらんのう」
村長は軽くため息を吐いた後、私とミーシャの方へ顔を向ける。
「花のお嬢さん。ミーシャを無事に王都まで届けてくれて本当にありがとう。ミーシャがこうして両親と会えて笑顔でいられるのも、花のお嬢さんのお陰じゃ」
そう言って頭を下げる村長を、私は慌てて上げさせてから首を横に振る。
いや、私だけじゃなくて、ここにはいないけどリルカとかスズハさんとか色々な人の協力があってこそだよ。
それに、私の方こそミーシャには何度も助けられたんだし。
「遠慮しなさるな……と言っても無理じゃろうな。せめて今日の持て成しくらいはさせてくれ」
……まあ、それくらいなら、私としても助かるし良いかな。
ミーシャだって長旅で疲れが溜まっているだろうし、今からミーシャの家へ行って掃除や夕食の用意はちょっとしんどい。
私はチラリとミーシャを見た後、村長に頷いて返した。
「ありがたいわ、村長」
「お主らはしばらく説教な」
「えー!」
不服そうに口を尖らせたクロエさんに、私たちは揃って笑い声を上げるのだった。
◇◇
翌日、クロエさんとディーツさんは村長たちと積もる話があるとのことで、私とミーシャは二人、エリューさんの家へと赴いていた。
村の道から外れた場所にポツンと佇む店を併用した家。
その扉を開けると懐かしいドアベルの音が鳴り、カウンターの奥から目付きの悪い女性がタオルで手を拭きながら現れた。
「エリュー婆、お久しぶりなの!」
「ああ、やっぱりあんたたちかい。魔力が以前とはけた違いに大きいから、誰かと思ったよ」
私も軽く頭を下げて挨拶してから、あることに気付く。
魔力探知が、エリューさんから私とほぼ同等の魔力量を探知しているのだ。
「……はん、魔力の量は一人前になったようだね」
え、これで一人前って……こんな膨大な魔力の人はリルカくらいしか知らないよ?
改めてエリューさんの非常識さを垣間見たような気がする。
本当に何者なんだろ、この人。
私が魔力探知に意識を向けていると、横に並んでいたミーシャが「むう」と唸った。
「ちゃんと魔法も上達してるの」
「ほう、それはそれは。じゃあその上達した魔法とやらを見せてくれるかい?」
「分かったの! お花さん、行くよ!」
ふんすと鼻息を荒くしながら、ミーシャが私の腕を引いて引き返す。
そのまま一緒に外へ出ると、店の隣の広場へとやってきた。
……この空き地も懐かしいな。
村にいるときは良くここで魔法の練習をしたんだよね。
「じゃあ見ているの! 『身体強化』!」
集めた魔力を使い、エリューさんに向けて支援魔法を使うミーシャ。
腕組みしながら見ていたエリューさんの眉がぴくりと動き、ミーシャが立て続けに他の支援魔法も使うと、やがて感心したような表情へ変わった。
「驚いたよ……。まさか回復魔法よりも稀少な支援魔法を見られるとはね」
「えへへ、凄いでしょ! 次、お花さんの番なの!」
え、あ、私もやるんだ。
ミーシャに促されるまま前へ出た私は渋々と魔力を集める。
そして手始めにウォーターケージを発動して遠くへ移動させると、それを的にしてカッター、スナイプを撃ち込んでみせた。
「……それで終わりかい? ミーシャに比べてあまり進歩がないね。まあ、期待したあたしが馬鹿だったよ」
エリューさんが肩を竦める様子を見て、私の対抗心に火がつく。
いいよ、そこまで言うなら見せてやろうじゃない!
どうせこの村じゃ私が魔物ってことはバレてるんだし、今さら隠す必要もないよね!
私は魔力を限界ギリギリまで集めると、空き地全体に行き渡るように精霊魔法を発動する。
そして右手を下から持ち上げるように突き上げると、その動きに合わせて地面からいくつもの蔓が伸びた。
私は「どうだ!」と言うように振り返ると、エリューさんは何故か頭を押さえていた。
「興味本意で魔法を教えたのは良いが、まさか本当に『魔神』にまで成長するとは思ってもみなかったよ……」
――あ、そうだ!
そのことで色々言いたいことがあるんだよ!
私は精霊魔法を解除すると、アイテムバッグから黒板を取り出しながらエリューさんに詰め寄るのだった。
◇◇
それから数日、エリューさんと魔法や薬草の話をしたり、キャティさんと買い物をしたりしながら、ゆっくりとした日々を送る。
そして村に戻ってきてからちょうど一週間後、私たちは身支度を整えて再び村長の家へと集まった。
「もう戻るのか、せわしないのう」
「寂しくなるわ。また来てね、絶対よ」
「うん、また来るの!」
みんなに挨拶を済ませると、私たちは馬車に乗り込み、ディーツさんが御者台に座った。
……あ、そうだ。
私は黒板に文字を書くと、ミーシャの袖をちょいと引いてからこっそりと見せる。
ミーシャは首を傾げながらも分かったと頷き、荷台の上からジルドへと向き直った。
「ジルドお兄ちゃん!」
「何だ?」
「えーっと……『結婚式には呼んでね』!」
「ぶっ! ――おい、花ぁ!」
あはは!
じゃあねー!
走り出した馬車の中、私は村のみんなに大きく手を振るのだった。