外伝 ミーシャの里帰り 前編
「見えてきたの!」
帆の間から外を眺めていたミーシャが、嬉しそうな声を上げる。
私も手元のカードから顔を上げてミーシャの隣から外を覗くと 、木々の間にできた馬車一台が通れる道の先に、木の柵が見えた。
一週間ほど前、王都で馬車を借りた私とミーシャ一家の四人は、村への里帰りのためこうして馬車を走らせていた。
ちなみにリルカとエステルさんの二人は王都で留守番だ。
そんな気をつかう必要ないのに……と伝えたが、結局最後まで首を縦には振らなかった。
「あらあら、この景色も懐かしいわね」
向かいに座ったクロエさんが逆側の帆を手で開いて外に目を向けている。
やがて木でできた大きな門が見えてきたところで馬車が止まった。
「着いたぞ」
「うん!」
御者台で手綱を握っていたディーツさんがこちらに顔だけ向けて声をかけてくれる。
私は元気よく返事を返したミーシャに手を引かれ荷台から飛び降りると、門を見上げた。
「――ミーシャに花の嬢ちゃん! ちょっ、ちょっと待ってろ!」
門の上部、見張り台のようなものから私たちを見下ろして騒いでいたいつもの門番さんが、門の向こう側へと姿を消す。
あはは、相変わらず騒がしい人だね。
懐かしさを感じつつ門番さんの言うとおりにしばらく待っていると、ギィという重い音とともに丸太を繋げたような門が上へとスライドしていく。
と同時に、門の向こう側から門番さんと兵士さんが駆け寄ってきた。
「久しぶりだなあ、おい!」
「二人とも元気にしてたか!」
「ミーシャ、両親には会えたのか?」
私とミーシャを囲んで口々に質問を浴びせてくる。
質問攻めにミーシャも「あ、えっと……」とアワアワしている。
「俺たちがどうかしたか?」
そこに助け船を出してくれたのは、御者台に座ったままのディーツさんだった。
「ん? あんたどこかで……ああー! お、お前、ディーツか!?」
「今さら気付いたのか。数年戻らなかっただけで顔まで忘れられたのかと思ったぞ」
「ちなみに私もいるわよー」
驚く門番さんにため息をつくディーツさんと、荷台から御者台に顔を出してひらひらと手を振るクロエさん。
私たちの周りにいた兵士三人組も目を見開いていた。
「お、お前、今までどこに……!」
「とりあえず村の中に入れてくれないか? 長旅で馬も疲れているんだ」
「……分かった。だが、後で話は聞かせてもらうからな!」
びしっと指差した犬耳の人に対して「もちろんだ」とどこか楽しげに返すディーツさん。
ディーツさんが手綱を振るい、ゆっくり進みだした馬車に合わせて、私とミーシャも歩いて約一年ぶりとなる村の門をくぐったのだった。
◇◇
兵士トリオに囲まれながらそのまま村の中央の道を進み、道すがら村の人たちと挨拶――私は片手を上げたり頷いたりするだけだけど――しながら村長の家へと向かう。
やがて見えてきた二階建ての村長宅の前には、これまた懐かしい顔が二つ。
「ジルドお兄ちゃん! それにキャティさん!」
ミーシャが私の手を放して二人に駆け寄っていく。
「ただいまなの!」
「お帰り、ミーシャちゃん」
「やけに騒がしいと思えば……。帰って来ていたのか」
驚きつつも笑顔で出迎えてくれるキャティさんと、相変わらず仏頂面の槍男――もとい、ジルド。
兵士トリオが馬車を村長の家の隣に停めるのを横目で見ながら、私は「あれ?」と首を傾げた。
……ジルドはこの村の兵だから分かるけど、キャティさんはなんでこんな所にいるの?
私が首を傾げながらじっと見ていたことに気付いたキャティさんは、私と同じように首を傾げた後、ああと手を打った。
「私はこいつに弁当持ってきたのよ」
そう言って肘でジルドのわき腹を突くキャティさん。
この二人ってこんなに仲良かったっけ?
いや、そもそもこの二人がこうして並んでいるのは見たことないね……。
「私たちは幼なじみよ。ま、この村じゃ同じくらいの歳の子はみんな幼なじみみたいなものなんだけどねー」
からから笑いながらキャティさんは肘でジルドを突き続ける。
ジルドは顔をしかめながらもキャティさんにされるがままだ。
……ん、これ、もしかして?
ジルドとキャティさんの関係に、私は思わずにやりと笑みを浮かべる。
「なんだ、花。その気持ちの悪い笑い顔は」
「『花』呼ばわりはないだろう、ジルド。彼女には『アルネ』という名前があるのだぞ」
と、ちょうどそのタイミングで馬車の方からやってきたディーツさんが、ジルドの背後から声をかけた。
「……っ! ディーツさん……?」
「ああ。久しぶりだな、ジルド。随分と逞しくなったな」
勢いよく振り返ったジルドが、珍しく狼狽したような声でディーツさんの名前を呼ぶ。
そういえば村にいた頃、ジルドの師がミーシャの父親だったと聞いたことがある。
ということは、師弟の感動の再会になるのか。
「なんじゃ、この騒ぎは。ジルド、何があった?」
ジルドが口を開きかけた、その瞬間――。
後ろの家の扉がバンッと大きな音を立てて開かれ、奥から村長が現れた。
皆の視線が村長へと集まる。
「む……なるほどな。とりあえずお主たちは中に入れ」
村長はぐるりと見渡すと、納得するように何度か頷いた後、私たちを家へと手招きするのだった。