百四十八話 帰ってきた花
「帰ってきたのー!」
馬車から降りたミーシャが伸びをしながら歓呼の声を上げる。
その様子を道行く人たちに微笑ましそうにくすくすと笑われ、恥ずかしくなったのか私の後ろにすぐに隠れた。
恥ずかしいなら叫ばなければいいのに……と思うけど、私も内心では久々の王都にはしゃいでいるから人のことは言えない。
巨大クジラに出会ってから数日後、私たちは懐かしの王都へと帰ってきていた。
門を通る際も、腕輪をエステルさんに貸して私はギルド証で身分証明できたので、特にアクシデントなく通過できた。
まあ、何回も通用する手ではないから、早めにエステルさん用の腕輪を作ってもらう必要があるけど。
「ほう、これがこの時代の王都か。やはり三百年も経つと違うの」
エステルさんがキョロキョロと辺りを見渡しながら、感心したように言う。
さすが五百歳、昔の王都とか知っているんだね。
「今、微妙に年寄り扱いされた気がするぞ」
……キノセイデスヨ?
エステルさんのジトッとした目に、私は視線を逸らす。
「……冗談はその辺りにしておいて。移動するから乗って」
あ、はい、すみません。
御者台から見下ろすように声を掛けてきたリルカに、私はミーシャの手を引いて荷台に乗り込む。
続いてエステルさんも上がってきたのを確認して、リルカに頷いて返した。
そのまま発車した馬車に揺られながらミーシャやエステルさんとのんびり流れる街の風景を眺める。
そして数分後、目的地であるギルドへと到着した。
「……ボクは馬車を返してくる。アルネたちは先に報告に行って」
ん、分かった。
荷台から降りた私はリルカに頷いて返す。
リルカはそのまま手綱を振るってギルドの裏手へと消えていった。
さ、私たちも行こうか。
私はミーシャの手を取り、エステルさんに頷くと、ギルドの扉を開いた。
複数の視線が集まる……なんてことは相変わらずなく、郵便局の受け付けのような静かな空気だ。
私はカウンターの隣にあるケースから木製の番号札を取ると、近くの椅子へと腰掛ける。
一瞬だけ視線が集まったのを感じるが、すぐに逸らされた。
昼過ぎの今の時間は冒険者はほぼ出払っており、依頼を持ち込む人が主になっているため、落ち着いた雰囲気になるらしい。
リルカが裏手に着いたのか、受け付けのお姉さんが奥から顔を覗かせた人に呼ばれてパタパタと駆けていく。
それから待つこと約十分、カウンターに戻ってきたお姉さんが待ち合い椅子を見渡し始める。
そして私たちのところで視線が止まると駆け寄ってきた。
「リルカ様のパーティの方々でしょうか?」
「うん、そうだよ」
「奥でギルマスがお呼びです。こちらへどうぞ」
お姉さんは片足を下げ案内するように手を奥の扉に向ける。
……ギルマスが何の用だろう?
私たちはお互いに顔を見合わせて首を捻りながらも、席を立ってお姉さんの案内に従う。
カウンターの隣の扉から廊下を進み、途中の一際大きな扉の前で止まる。
お姉さんがノックをすると奥から「入っていいよ」と軽い声が聞こえる。
扉を開けて入ると、中央に置かれたテーブルの両サイドにある横長のソファに、ギルマスとリルカがそれぞれ腰掛けていた。
えっと……これどういう状況?
「やあ、おひさしぶり、アルネちゃんにミーシャちゃん。それと後ろのお嬢さんは始めましてかな?」
「ああ。お主が今のギルドマスターか?」
「そうだよー。今のってことは先代のマスターと知り合いかな?」
「……っ! ま、まあ、そんなところだ」
しまったという表情を浮かべた後、平静に努めようとするエステルさん。
でも目が泳いでいるし、相変わらず嘘が下手だなと私は心の中で苦笑いする。
ギルマスはにこにこと笑みを浮かべたままエステルさんから目を離してソファに向けた。
「まあいいか。立ち話もなんだし座ってよ。ちなみに指名依頼の報告を聞きたいだけだから、そんなに構えなくても大丈夫だよ」
心の中を見透かしたように付け加えられた言葉で初めて自分が無意識に構えていたことに気付く。
……はあ、このギルマスの前では構えるだけ無駄か。
飄々としているように見えて、実は色々と考えているっぽいしね。
私は半ば諦めの混じった感じで身体の力を抜く。
「見た目にそぐわず食えないやつだの……」
エステルさんがぼそっと呟いた言葉に、内心で同意したのだった。
◇◇
「――遺跡に封印されていた魔物、ねえ……。うん、報告ありがとう。あとは向こうのギルドや遺跡調査隊とやらの報告を待つことにするよ」
遺跡であった一連の騒動について――もちろんエステルさん関係の部分は変えてある――を聞き終えたギルマスは何かを考えるように口元を押さえた後、お礼を言って席を立つ。
そして奥にある作業用らしき机へ回ると引き出しをゴソゴソと漁り出した。
「確かこの辺りに……あったあった」
戻ってきたギルマスの手には、見覚えのある形の、でも一部見たことのない色の金属板が握られていた。
「はい、これがアルネちゃんとリルカちゃんで、こっちがミーシャちゃんの分ね。名前とかは受け付けに持っていって入れてもらってね」
私は手渡された板――金色のギルド証を見つめる。
これ、もしかしてAランクのプレート?