百四十七話 最古の魔神
『小さき者よ。汝が新たな魔神か?』
頭の中に直接響いた言葉に、私は困惑する。
な、何これ?
もしかして、テレパシーっていうやつ?
前世の知識には、テレパシーのような超能力の知識もある。
もちろん魔法も魔力もなかった前世ではオカルト扱い、あくまでもファンタジーという創作物の中のものだったけど。
そんな前世の知識を思い出していると、再度頭の中に声が響く。
『成程。汝も転生者か』
……え?
真上にいる何かの言葉に私はさらに混乱を深める。
今、転生者って言わなかった?
もしかして、私のこと知っているの?
『汝と同様の転生者の友がいた』
私の心の声に答えるように言葉を続ける何か。
……向こうからの一方通行じゃなくて、私の声も聞こえているのか。
うん、ちょっとストップ。
頭が追い付かなくなってきた、いったん話を整理させて。
私が頭を抱えたのを心配してくれたのか、隣にいたミーシャが私の腕を掴んで見上げてくる。
「お花さん、大丈夫?」
「……いきなりどうかした?」
リルカも不思議そうに私の顔を覗いてくる。
あれ、二人ともこの声聞こえてないの?
『我の声は汝と吸血鬼にのみ届く』
あ、そうなんだ……。
私は安心させるようにミーシャの頭をポンポンと撫でると、顔を上へ上げる。
空を覆い隠すような巨躯が視界を埋め尽くす。
まず、あなたは誰なの?
『我は白鯨、名はヨルムンガンド。最古の魔神の一体』
なるほど、白鯨ってことはクジラか。
ならこの巨体もまだ納得がいく……気がする。
次の質問だけど、なんであなたの声が頭の中に直接届いたり、私の心の声があなたに聞こえたりするの?
テレパシー……はさすがにないと思うから、これも魔法?
『左様。我の魔法『神意魔法』だ』
……また古代魔法か。
というか神の意思って、まるでこのクジラが神みたいじゃん。
『それが我にこの魔法を授けた者の意向。彼の者も小さき者なれど、汝と同様に奇怪な知識を携えていた』
もしかして、その人がさっき言っていた転生者?
『左様。彼の者はその知識を元に魔法の礎を築き上げ、この世界に魔法を中心とした文化を繁栄させた』
……うん?
ちょっと待って、魔法と文化を繁栄させたって、今から何百年――ううん、何千年前の話?
私は顔を下ろしてエステルさんに目を向ける。
「魔法が繁栄したのが二千年ほど昔、今からだと二千五百年ほど前になるかの。合っているか?」
「……合ってる。何の話か分からないけど」
エステルさんの問いかけに、リルカは眉をひそめながらも答える。
リルカとミーシャにはクジラの声が聞こえていないから、この反応は当たり前だよね。
それにしても二千五百年前か。
私の元いた世界だと、まだ文明がそこまで発達していないはずだ。
ということは、私とは違う世界から転生してきた人なのか、それともこの世界と元の世界で時間の流れが違うのか。
まあ、その辺は正直どっちでもいいかな。
つまりこのクジラが私の前世について知らないということは理解できた。
それとさっき言っていた『文化を繁栄』ということにも心当たりがある。
――ミーシャたちの話している言葉だ。
もし私と同じ世界で、さらに同じ国の転生者だったなら、私の元の世界の言葉がこの世界で広まっていても不思議ではない。
まあ、本当のところは何も分からないんだけどね。
そこまで考えたところで、ようやく頭が整理されて落ち着けた。
で、あなたは私に何か用事だったの?
『新たな魔神の様子を窺いに来たのみ。もし世界に仇なす存在であれば、この場で葬るつもりであった』
クジラの声色が変わったことで、思わず構えてしまう。
けど『あった』という過去形になっていることと、クジラから敵意を感じないので、構えを解く。
まあ、はるか上空に浮かぶこの巨体に対して、私の魔法は全く通用しないだろうけどね。
このクジラと戦闘になったら、戦いなんて成立せず、私は一方的に為す術なくやられるはずだ。
私が構えてすぐに解いた、その一連の動きを見られていたのか、エステルさんがくつくつと笑う。
「あやつに対して戦闘体勢を取るとは、お主もなかなか肝が座っているの。……それで、こやつは合格かの?」
エステルさんが顔を上げ、クジラに向かって声を出す。
『無論。優しき人の心を持った小さき者よ。汝を新たな魔神として歓迎する』
……どうやら私は正式に魔神として認められたらしい。
うん、もう帰っていいかな……。
『引き留めたことを謝罪しよう』
あ……そうだった。
こっちの考えていることは筒抜けだったんだ。
ごめんなさい、今のなしで。
『気にせずとも良い。では吸血鬼に花よ、また会う時まで』
現れたときと同じように、世界が突然明るくなる。
……いや、多分これはあのクジラの神意魔法によって、感覚を変えられているんだろう。
まだこの頭上にいるはずだけど、私の目にはただの青空が広がっているようにしか見えない。
「わっ、また明るくなったの!」
「……今のは何? 二人とも何を話していた?」
ミーシャの驚く声に合わせてリルカが詰めよってくる。
私はエステルさんと顔を見合わせたあと、説明に苦労しそうだなと苦笑いするのだった。