百四十六話 王都への道にて
「みんな、本当にありがとうね!」
ギルドの入り口で手を振るギルマスに、馬車の荷台に乗り込んだ私たち――リルカは御者台に座っている――は手を振り返す。
「ミーシャ、食事は三食しっかり取って、夜は暖かくして寝るのよ? それと――」
「――もうっ、子どもじゃないんだから、分かってるの!」
「あらあら……、ふふっ。そうね、お母さんが悪かったわ」
頬を膨らませたミーシャの頭をクロエさんが撫で、その様子をディーツさんが隣で微笑ましそうに見守る。
しばらく撫でられて満足したのかミーシャがクロエさんの元を離れ、馬車のところまで駆け寄ってきた。
伸ばされたミーシャの手を掴んで荷台へ引っ張り上げる。
「じゃあ、行ってくるの!」
「……また王都で」
リルカとミーシャ、二人の言葉に合わせて私も頭を下げる。
ミーシャの両親とは王都で落ち合うことになっている。
遺跡の調査や護衛依頼がいつまで続くのかは不明だから、いつになるかは分からないけどね。
三人に見送られながら私たちは冒険者ギルドを後にし、マテオンの町中をゆっくりと走る。
相変わらず誰とも遭遇せずにそのまま南門に着くと、門の外が何やら騒がしいことに気付く。
「わっ、たくさん並んでいるの!」
門番に挨拶をして石造りの門を抜けると、馬車と人が半々くらいに行列を作っていた。
聞こえてくる会話の断片から推測するに、どうやら避難勧告が解除されたことを聞いて近くに避難していた人たちが戻ってきたらしい。
マテオンの復興は意外と早く終わりそうかな、と思いつつ、私たちはその隣を通り過ぎていくのだった。
◇◇
「あ、これで揃ったの!」
「ぐぬっ……ま、また妾の負けだと……! ええい、もう一勝負だ!」
悔しそうに歯噛みしたエステルさんが、手に持ったカードを私に差し出す。
ミーシャの持っていた分と床に置かれたカードを回収すると念入りにシャッフルし、三人で均等に配っていく。
久々の馬車の旅も岩山を下りて草原に出た頃には飽き、御者台にいるリルカを除いた私たち三人はカード遊びに興じていた。
カードはマテオンで買っておいたもので、前世でいうトランプみたいな絵柄と数字を合わせたものになっている。
ただ、私を含めて誰もルールを知らなかったため、前世のトランプ遊びの知識を元にババ抜き提案してみた。
さすがにすぐに飽きるかな……と思いきや、意外と盛り上がっている。
というか、エステルさんの引き運が異様に悪く、今のところ全戦全敗している。
カードを配り終えていざ開始――というところで、エステルさんがバッと音の出るくらいの勢いで頭を帆の間から覗く外へ向けた。
え、何、突然?
釣られて外へ目を向けるが変わらず草原が広がっているだけだし、魔力探知に何かが引っ掛かった気配もない。
エステルさんに視線を戻すと、何かに驚いているのか、目を見開き口が半開きになっている。
……私の感知できないほど遠くに何かいたのかな?
なんて呑気に考えていると、エステルさんはハッとした表情に変わって、慌てた様子で御者台へと身を乗り出した。
「馬車を止めろ!」
「……どうかした?」
「いいから早く!」
「分かった……」
渋々といった声色で返事をしたリルカは手綱を引き、十秒も経たないうちに馬車は止まった。
「エステルお姉さん、どうしたの?」
「良いから、外へ出て空を見上げてみろ」
私とミーシャはエステルさんに手を引かれて荷台を降りる。
そしてエステルさんに言われるがまま揃って上空を見上げる。
――その瞬間、世界が夜になった。
いや……突然夜になったわけじゃない……か?
これは、だいぶ前からすでに暗く、でも単に私たちがそのことに気付いていなかっただけ。
だって、突然暗くなったはずなのに、目が慣れてしまっているから。
一周回って逆に冷静になった頭で、私はその事実をしっかり認識できた。
それに、そもそも夜になったわけじゃない。
馬車……いや、この草原全土を覆い隠すような巨大な何かが、さも当然のように私たちの頭上にいるのだ。
「……な、何これ……?」
「くっ……ははっ! お主ら、運が良いの……!」
エステルのひきつった笑いを聞きながら、私はなんとかミーシャを抱き寄せる。
本能が全力で危険を訴えてくるが、ただ突っ立ったまま乾いた笑いを漏らすことしかできないでいる。
さっきまで何も引っ掛からなかった魔力探知には、ただでさえ膨大なエステルさんの魔力と、しかしそれすらも超える魔力の塊が頭上の何かから感じられた。
「相変わらずでたらめなやつだの! 散歩の邪魔をしたか? それとも妾に会いに来たのか?」
エステルさんが笑みを浮かべたまま、巨大な何かに向かって大声を上げる。
……え、これ、言葉通じるの?
「……だろうな。おい、花の。お主に用があるらしいぞ?」
何かに答えるように頷いて返したエステルさんは、首を下げて私に顔を向けた。
え、何?
私に用事って、これが?
困惑する私の頭の中に、直接言葉が浮かび上がってきた。
『小さき者よ。汝が新たな魔神か?』