百四十五話 帰国の別れ
翌朝、久々のベッドで熟睡できた私たちは身仕度を整えるとギルドの受付へ行く。
そこには、いつも通りカウンターに座るギルマスと、談笑するミーシャの両親の姿があった。
……この人いつもカウンターにいるけど、ギルドのマスターだよね?
「あら、おはよう」
「おはよう」
「よく眠れたかしら?」
三人は私たちに気付くと話を止めて挨拶をする。
私は頷いて返し、一緒の部屋に泊まっていたミーシャとリルカ、それにエステルさんも「おはよう」と挨拶を返した。
ギルマスは「よく眠れたようで良かったわ」と言いながら椅子から立ち上がると、私たちの方へと近寄ってきた。
手には布袋が握られている。
「はい、この前の依頼の達成報酬と、影の魔物の討伐報酬よ」
ああ、報酬か……って、重っ!
ギルマスから布袋を受け取ると、ずっしりとした重みに面食らってしまう。
開けて覗いて見てみると、中には大量の銀貨が入っており、さらにはところどころに金貨も見える。
「き、金貨なの――!」
一緒に覗いていたミーシャが分かりやすく慌てた声を上げる。
確か金貨って、銀貨……えっと、何枚分だったかな?
……いいや、ミーシャが驚いているということは、かなり高額なのだろう。
「……本当に金貨も入っている。金額は合っている?」
「もちろん合ってるわ。むしろそれじゃ少ないくらいよ?」
「じゅ、じゅうぶん多いの!」
引き続き狼狽した様子のミーシャに、ギルマスは「あのねえ」と若干呆れを含んだ声で返す。
「あなたたちは町一つを救ったのよ? いや、Sランクの魔物なんて下手したら国が揺らぐレベルの災害を、事前に食い止めたんだからね。もう少し自信を持ちなさいよ」
「そうだの。お主らはあやつの討伐を成し遂げた、その正当な報酬だろう」
後ろで静かに見守っていたエステルさんも、腕を組んでしきりに頷いている。
……他人事みたいに言っているけど、エステルさんのおかげでもあるんだよ?
というか、エステルさんがいなかったら勝てなかったと思う。
「いいから受け取っておきなさい」
「わ、分かったの」
最終的に、にこやかな笑み浮かべたギルマスに気圧されて報酬を受け取ることになった。
渡そうとしても何故かみんな受け取らないので仕方がなく私のアイテムバッグに入れる。
私が袋をしまったのを確認した後、ギルマスが口を開いた。
「で、あなたたちはこれからどうするの?」
私たち四人は顔を見合わせる。
そもそもこの町に来た目的は、ミーシャの両親を探すことと、ついでにスタンピードの原因の調査をすることだった。
その目的が達成できた以上、この町に留まる理由はない。
「……王都に戻るつもり。調査の連絡もしないといけない」
「そう。ミーシャちゃんはどうする?」
「わたし?」
……うん?
ギルマスの質問に、ミーシャと私たちは揃って首を傾げる。
それを見たクロエさんが「あら、そういえば」と手を打った。
「うっかりしていたわ、まだ話してなかったわね」
「俺たちはしばらくこの町に留まるつもりだ。まだ遺跡の調査依頼も終わっていないし、それに町に戻ってくる人たちの護衛も必要だからな」
「だから、ミーシャは私たちと一緒にここに残ることもできるわよ?」
それはつまり、私たちに着いて王都まで戻るか、それとも両親と一緒にこの町に留まるか、とミーシャに尋ねているのだろう。
……正直、私はミーシャとは離れたくはない。
それが単なるわがままだということは分かっているけど、私の本心は変わらない。
だけど、両親と一緒に残るのがミーシャのためになるという気持ちがあるのも確かだ。
元々両親と過ごしてもらうためにミーシャを森から連れ出したんだし。
それに、しばらく留まるということは、そのうち王都に戻ってくるということでもある。
別れるのは寂しいけど、今生の別れじゃない。
ミーシャのためにも、ここは笑って送り出そう。
私が隣にいるミーシャの背中を押す――その直前。
ミーシャが変わらず首を傾げたまま口を開いた。
「お花さんたちと一緒に戻るよ?」
……え?
当たり前のように答えるミーシャの言葉に、私はミーシャの背中に回した手を止めた。
隣を見下ろすと、ミーシャがキョトンとした表情を浮かべている。
「ふふっ。ほら、私の言ったとおりでしょ?」
「ああ。まさか即答するとは思わなかったけどな」
クロエさんが口に手を当てて笑い、ディーツさんが肩をすくめる。
えっと、もしかして、ミーシャが私たちに着いてくると分かってて聞いたの?
というか、さっきの「うっかりしてたわ」とか言っていたの、全部演技だったってこと?
「えっ、何のこと? なんでお母さん笑っているの?」
「いえ、何でもないわよ。気にしないでちょうだい」
「変なの……。ね、お花さん?」
ミーシャが狐に摘ままれたような表情で私を見上げてくる。
……ふふ、そうだね。
なんか納得いかないね。
「あっ、お花さんも笑ってるの……! なんでなの!?」
今度は不服そうに口を尖らせたミーシャの頭に手を置き、ついくしゃくしゃと撫でるのだった。