百四十四話 偽りの報告
ギルマスをしばらく待っていると、奥の通路からドタドタと複数人の足音が聞こえてくる。
やがて開きっぱなしだったカウンター隣の扉から、ギルマスに続いて知った顔ぶれが現れた。
というか、ミーシャの両親のクロエさんとディーツさん、それと調査隊のトニスさんとアッリさんだ。
「みんな帰って来たのね。お疲れさま。誰も怪我はないかしら?」
「……む? そっちの女性、どこかで会ったことがあるか……?」
クロエさんがいつものようにのほほんとした声で尋ねてきて、その隣にいたディーツさんがエステルさんを見るなり眉を潜めた。
あー、そういえば最初、エステルさんが原因でディーツさんと戦うことになったんだよね。
遺跡の中は暗かったとはいえ、なんとなくの特徴は覚えているのだろう。
私はエステルさんに「誤魔化して!」と視線を送る。
エステルさんはそれに気付いたのか小さく頷くと、口を開いた。
「他人のそら似、ではないかの? 妾は……えーと、ただの旅人で、この町に来たのも始めてだぞ」
「……そうか。失礼した」
うん、相変わらず誤魔化し方が下手すぎる。
ただディーツさんはそれで納得したのか、または危険はないと思ったのか、それ以上追求はしてこなかった。
「ただいまなの、お母さん!」
「あらあら、まだ甘えん坊ね。お帰りなさい、ミーシャ」
そんなやり取りを繰り広げている間に、いつの間にかミーシャがクロエさんに抱き付いて、頭を撫でてもらっていた。
その隣では、リルカがアッリさんへ遺跡の地図を返しながらお礼を言っている。
「……ありがと。助かった」
「いえいえ、お役に立ったのなら良かったです! それで早速なのですが、例の魔物について教えてくださいませんか?!」
「おいアッリ、いきなり失礼――」
「あら、その話、私も詳しく聞きたいわね」
トニスさんがアッリさんを止めようとしたところへ、ギルマスが割って入る。
「とりあえずここじゃ何だし、奥へ行きましょ?」
ギルマスは親指でさっき出てきた扉をクイっと指差す。
……ニコニコと笑みを浮かべながらも目は笑っていなくてちょっと怖い。
ギルドの奥、会議にでも使うような少し大きめの部屋に案内された私たちは、それぞれ適当に木製の椅子に腰掛ける。
そして主にリルカによって説明がされた。
ちなみに、遺跡に封印されていた魔物とスタンピードの原因となった魔物は、結局どちらとも影の魔物との関連性は不明という話にしてある。
もちろんその相談をした際、エステルさんは渋った様子を見せていた。
まあ、当たり前だよね。
エステルさんにとっては身勝手に魔物化させてしまい、その上何百年も遺跡の中を彷徨わせてしまった相手だ。
私だって正直心苦しいけど、エステルさんへの疑いを逸らすためだと心を鬼にした。
私やエステルさんも途中で補足しつつ、リルカが全てを話し終えた頃には、すっかり夜も更けていた。
窓からは点々と明かりの灯った夜空が見える。
「……なるほど。結局スタンピードと影の魔物の関係は分からず終いということね」
「影の魔物がいなくなったのであれば、また調査が再開されるでしょう。もちろん僕たちも参加するので、何か分かりましたらご連絡させていただきます」
「そうね、私も領主に一度掛け合ってみるわ。今度からそういう調査のときには、正式に冒険者も同行させるように、ね」
「ありがとうございます」
「……ううん?」
トニスさんがギルマスに頭を下げたところで、私の隣に座っていたミーシャが身じろぎした。
視線を向けると、ほとんど瞼が下がってこくりこくりと船をこぐミーシャの姿があった。
あはは、もう夜も遅いし、何より今日は頑張ったからね。
「もうこんな時間ね。遅くまで悪かったわ、今日はこれで解散しましょ」
「……そういえば宿探してない」
リルカの言葉に、私も思わず「あっ」と声をあげそうになった。
いや声は出ないんだけどね。
「宿なんてどこもやっていないぞ。俺たちもこの隣の部屋で寝泊まりさせて貰っている」
あ、そっか……。
避難勧告が出て町の住民のほとんどが避難しているのに、宿が開いているわけがないよね。
え、じゃあ泊まるところどうしよう?
せっかく町まで戻ってきたのに、また野宿?
「部屋なら開いているから使ってもらっていいわよ」
「……助かる」
ギルマスの提案に、私は安堵してリルカと同じく頭を下げる。
私もさすがに影の魔物との戦いは疲れた。
今日くらいはゆっくり寝たい。
「ううん……。お花さん、もう食べられないの……」
ミーシャの寝言に、私たちは目を合わせると、揃って笑みを溢すのだった。
◇◆
その日の夜、私は夢を見た。
かつて人間だった頃の――前世の夢。
夢の中で私は、どこか懐かしい部屋で、どこか懐かしい雰囲気の二人の大人に囲まれていた。
その二人は私に微笑みかけてくれて、優しい言葉をかけてくれて、頭を撫でてくれた。
目を覚ましたときには、二人の顔は忘れてしまっていたけど。
あれは私の両親だったのかなと思う。
「お花さん、泣いているの?」
隣で一緒に横になっていたミーシャの言葉で、私は自分が涙を流していることに気付く。
……ううん、何でもないよ。
私は指で涙を拭うと、ミーシャに微笑みかけた。