百四十一話 VS影の魔物 その四
影の魔物が動き出す。
勢いよく地面を蹴り、私に向かって飛び込むように突進してくる。
長い腕を振りかぶるけど……無駄だよ。
影の魔物の腕が私に到達する前に、それを遮るように地面から蔓が伸びた。
私の精霊魔法にはいくつか特徴があり、その一つがこの自動防御だ。
私に向かってくる脅威を、私自身が認知していれば、それを自動で防いでくれる。
ただし、自動とはいっても万能ではない。
私が蔓を操っている場合は動いてくれないし、蔓が伸びるよりも早いスピードや蔓を貫通するような強力な攻撃には耐えられない。
これはリルカやエステルさんに協力してもらって確認済みだ。
そしてミーシャの支援魔法がある今、影の魔物の攻撃は蔓よりも早くもなければ貫通もできない。
つまり私が操ってさえいなければ、影の魔物の攻撃は私には届かないというわけだ。
まあ、とはいえ、いつまでも防御に徹しているわけにはいかないけどね。
影の魔物が後退したタイミングを狙って、私は蔓を操る。
防御用に生えた蔓をさらに伸ばして影の魔物を追わせる。
さらに左手を凪ぐようにすると、影の魔物のすぐ左側から別の蔓が伸びて刺すように襲いかかる。
影の魔物はそれらを斜め後ろにジャンプして避けると、姿勢を低くして蔓の下を潜り抜けてくる。
くっ……!
蔓を操っている今は自動防御が発動しない。
私は咄嗟に腰から伸びる自身の蔓を地面に叩き付け、宙へと飛び退いた。
――直後、さっきまで私のいたところへ鋭い指が通り過ぎた。
あ、危なかった!
激しくなった鼓動を抑えつつ、空中で『ウォータースナイプ』を数発構築、そしてそのまま撃ち出す!
あさっての方向へ撃ち出された水の弾は、しかし魔力探知による狙い付けがあるため、途中で弧を描くように影の魔物へ吸い寄せられていく。
影の魔物は迎え撃つように左腕を振り抜いた。
左腕のところどころが抉られたり穴が空いたりするが……すぐに再生が始まっていく。
うーん……。
ちょっと悔しいけど、普通の攻撃じゃ無理か。
やっぱり動きを止めてから、あの蔓を使うしかなさそうだね。
そう考えながらも着地して体勢を立て直すと、影の魔物の左腕が治りきる前に、今度は私の方から影の魔物へ向かっていく。
同時にさっき地面から伸ばしたままの蔓二本を操り、影の魔物を後ろからも襲わせる。
これで挟み撃ちと思いきや、影の魔物は背後の蔓を知ってか知らでか、私の方へ真っ直ぐ向かってくる。
そして無事な右腕を振りかぶった。
――もうそのパターンは見飽きたよ!
私は腕に合わせて自身の左前の蔓を伸ばし、払うようにして軌道を逸らす。
そのまま懐に潜り込むと、右側の蔓二本で影の魔物の胴体を貫いた。
よし、これで影の魔物の動きを止めた!
あとはあの蔓を……!
と思ったところで、影の魔物の頭が再び裂け、鋭い牙が覗く。
あ……やばっ……。
「アルネ……! 何とか防いで!」
リルカの雑な指示が後ろから聞こえ、魔力探知に意識を向けると、私の数メートルほど後ろで巨大な魔力が練られているのに気付く。
え、ちょっ、この状態で撃つの!?
無茶言わないでよ……って、あー、もう!
私は慌てて影の魔物から蔓を引き抜くと同時に、ウォーターケージを発動。
水の檻で自身の身体を包み込む。
その瞬間、世界が一瞬青白く染まった。
遅れてバチバチという電気特有の弾けるような音が耳に届く。
……し、死ぬかと思った。
ウォーターケージで覆っていなかったら、私まで感電していたところだったよ。
文句を言おうと首だけ後ろを振り返ると、ミーシャに肩を貸してもらいながらも、リルカが杖をこちらへ向けていた。
「お花さん、今なの!」
ミーシャの声に私は顔を戻すと、全身が焦げて煙をあげる影の魔物の姿があった。
ちなみに地面から生えていたはずの蔓も同じく焦げている。
うん、文句は後でまとめて言うことにしようか……!
私はウォーターケージを消し、精霊魔法に意識を集中する。
アルラウネとしての特性は『蔓』と『毒花粉』。
今までは攻撃速度を早めるため、そのうちの『蔓』の部分だけを取り出して精霊魔法を発動していた。
今こそ、本来あるべき精霊魔法を……発動する!
私が両腕を伸ばすと、影の魔物を囲うように無数の蔓が伸びる。
蔓は今までのものとは異なり、蔓の途中にいくつもの真っ赤な蕾が付いている。
それは腰の花や、『花の蔓』に付いている蕾の色と全く同じで……。
その特性である『毒花粉』も同じ――いや、精霊魔法であるためより強化されている。
蔓は影の魔物の頭上を覆うように伸びたところで成長を止めた。
――咲け!
私が念じて魔力を操ると、蕾が一斉に花開く。
それはまるで花の咲いた鳥かごのように見えた。
「……きれい」
誰ともない呟きが後ろから聞こえてくる。
確かに見た目は綺麗だと思うけど、あの鳥かごの中には今ごろ普通の生物や魔物なら数秒と持たない質と量の毒が蔓延している。
いわば、毒の鳥かごだ。
しばらくすると『雷火』による傷が治ったのか、蔓の内側から叩くような音が鳴り始める。
私たちはその音を聞きながら、固唾を飲んで様子を見守る。
いくら高い再生能力を持っていようとも、それを上回る毒に侵されれば、いつかは力尽きるだろう。
――やがて蔓の鳥かごの中から、魔力反応が消えた。
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