百三十九話 VS影の魔物 その二
リルカは火の魔法は使えるが、雷の魔法には適性がなかった。
そのためリルカは雷の魔法――憧れの冒険者の使っていた魔法を使うことをとっくの昔に諦めていた。
エステルさんは、それが憧れからのイメージが強く残りすぎていたからだと予想した。
いわゆる「思い出補正」というやつか。
そこでエステルさんはリルカの持っていた雷のイメージを根本から変えた。
雷はなにも『落雷』だけではない、と。
私は前世の知識があるから電気というものについて知っているけど、この世界の技術はそこまで進歩していない。
つまりエステルさんは、独自に電気の性質を見いだしたことになる。
そして電気の性質の一つ、スパークを元にしたのが、リルカの新魔法だ。
影の魔物が距離を詰めようと動き出した――その直後。
世界が一瞬、青白く染まった。
数秒も経たないうちに視界が戻ると、影の魔物は同じ場所に留まっていた……いや、止められていた。
その身体からは黒い煙がプスプスと上がっている。
「『雷火』」
リルカの漏らした声が、静まった広場に響く。
『雷火』か……いい名前だね。
火の魔法の使い手であるリルカにはピッタリの名前だと思う。
『雷火』は『燐火』の欠点である速度と瞬間火力を補って余りあるポテンシャルを秘めている。
ただし、全方位に放電するため大量の魔力が必要になり、魔力を溜めるまでにどうしてもタイムラグが発生するらしい。
また魔力を一気に消費するため、一度に三発しか撃てないと聞いている。
以前聞いた『雷火』の説明を思い出していると、影の魔物に動きがあった。
煙が治まり、焦げた身体が少しずつ治っていく。
うーん……やっぱりかー。
エステルさんから聞いた影の魔物の特徴、三つ目。
それが今目の前で起きている現象――再生能力だ。
エステルさんがスライムの特性を取り込んだ、半不老不死であるのと同じように、影の魔物もその特性の一端を受け継いでいる。
「けがが治っていくの」
「治るのは聞いていた通り。けどこれは……」
言い淀んだリルカに、私は心の中で同意する。
エステルさんに見せてもらった超速再生ほどではないけど、想定よりも再生力が高い。
私は後ろに待機するエステルさんを振り返る。
「すまない、妾も想定外だ。まさかここまで妾の体組織が馴染んでいたとは思わなかった。……いや、その片鱗はあったのに気付けなかった、妾のミスだ」
エステルさんは唇を噛むと、首を横に振った。
「一度引いて作戦を立て直すぞ。妾が奥まで――」
その瞬間、再び『雷火』が放たれたのか雷鳴が響き渡り、エステルさんの言葉が途切れた。
慌てて前に顔を戻すと、影の魔物がさっきまでと同じように黒こげになって煙を上げていた。
「……問題ない。このままここで倒す」
私やエステルさんのいる後方へ首を回したリルカは、静かにそう告げる。
ははっ、リルカに先に言われちゃったか。
私はアイテムバッグへ伸ばしていた手を引っ込めると、リルカの目を見て頷き、その後エステルさんの方へ顔を向ける。
「わたしも頑張るの!」
エステルさんの隣にいるミーシャも、胸の前で小さな手を握りしめながらふんすと鼻を鳴らす。
「お主ら……。全く、無茶はするなよ? 無理そうだと感じたら、無理矢理にでも割って入るからな」
「うん、分かってるの」
「……それにまだアルネの精霊魔法が残っている。あれなら再生能力は関係ない」
リルカは私に向けて少し微笑んでそれだけ言うと、顔を前に戻した。
ん、つまり精霊魔法の準備をしろ、ってことね。
三回目――最後の雷鳴を耳に入れながら、私は目を閉じる。
まずは両足のブーツに嵌め込まれた魔石に魔力を通し、魔法を発動させる。
ブーツから何十本もの根っこが伸び、地面へと潜っていく。
やがて地中に張り巡らせた根っこから魔素が吸い上げられる。
ここまでは準備段階。
精霊魔法はその多彩な能力に比例するように、必要な魔力が桁違いに多い。
それこそ、私が元々生成できた魔力の倍以上の量が必要だった。
この十五日間で魔力の生成量は確かに伸びたが、それでもまだ足りなかった。
そこで思い付いたのが、このブーツを使って強制的に魔素を集める方法だ。
ミーシャには「絶対ダメなのっ!」と猛反対されたけど……足りない魔力を補うだけならぎりぎり身体に影響がないことは実証済みだ。
実は使っている間は身体中が少し痛くなるけど、ミーシャには内緒にしてある。
私は両腕を少し開いて前に伸ばし、手のひらも前方へ向ける。
精霊魔法は使用者である魔物の特性を強化する魔法。
そして私は、アルラウネという魔物だ。
……足が生えちゃっているけど、間違いなくアルラウネだ。
そして、アルラウネの特性といえば――考えるまでもない。
『毒花粉』と『蔓』。
あの森でミノタウロスに襲われたときから使い続けているこの二つが、アルラウネとしての特性だ。
「アルネ。影の魔物が動く……!」
「お花さん、急いで!」
リルカとミーシャ、二人の声を聞きながら、私は体内に溜め込んだ魔力を一気に使い、精霊魔法を発動させた。