百三十六話 炎の心
「帰って来たようだの」
私が遺跡の入口の方を見たことに気付いたのか、ミーシャの近くにいたエステルさんが立ち上がった。
ちなみに魔力暴発の危険があるため、私とミーシャは五メートルほど距離を置いて修行している。
ミーシャも瞑っていた目を開けると「リルカさん?」と首を傾げた。
私には分からないけど、エステルさんが帰って来たというならリルカなんだろう。
やがて入口から射し込む光に、とんがり帽子の影が映った。
「お帰りなの、リルカさん」
「……ただいま」
しっぽを振って駆け寄ったミーシャに対して、リルカの声に覇気がない。
浮かない表情もしているし……どうしたんだろう?
私とエステルさんも出迎えに近寄ると、リルカはエステルさんへ視線を向けた。
「その表情から察するに、妾の思った以上に堪えたみたいだの」
「……うん」
そういえばリルカは「帰ってくるまで一切の魔法の使用を禁止」って言われていたのか。
あれって結局どういう理由があったんだろう?
「リルカさん、どうしたの?」
「……大丈夫。ちょっとショックを受けただけ」
「ショック?」
「大方、途中で魔物に出会って、成すすべもなく逃げたのだろう。魔法が使えないというだけで、の」
「ぐっ……」
ニヤニヤと笑いを浮かべるエステルさんの言葉に、リルカは声を詰まらせる。
あー、なるほど。
なんとなくエステルさんの意図が分かった。
つまり、リルカは魔法に頼りすぎているとエステルさんは伝えたかったのか。
「一応言っておくが、別に魔法を主体とした戦い方を否定するつもりはないぞ? だが、魔法で戦うというのなら、一つの魔法が通じなかった場合は想定しておくべきだ」
「……確かに『燐火』以外を使うことは考えたことなかった」
「お主は頭が切れるうえに器用なようだから、その魔法一つで今までやってこられたのだろう」
リルカはなんとも言えない表情を浮かべる。
「反省も終えたところで次の訓練だ。お主にも魔力の増強訓練をやってもらいつつ、新しい魔法を会得してもらう。だが、二人とは違い、お主には魔法も考えてもらう」
あれ?
てっきりリルカの新しい魔法もエステルさんが教えてくれると思っていたから、拍子抜けだ。
「先ほども言ったがお主は器用だからの。妾の既成概念に固まった魔法を教えるより、お主が考えたほうが扱いやすい魔法ができるだろう」
「……新しい魔法」
いや、エステルさんの魔法も大概だと思うけど。
という突っ込みは心の中だけに留めておく。
リルカはしばらく悩むように帽子のつばを押さえていたが、何かを思い付いたように顔を上げた。
「……一つ使ってみたい魔法がある。ボクの憧れの冒険者が使っていた魔法」
「ほう。どんな魔法だ?」
「その人は雷を操っていた」
雷……ってことは、電撃系の魔法?
私は以前見たエリューさんの魔法を思い出す。
当時私が苦戦していたミノタウロスを、雷の一撃で瀕死まで追い込んでいた。
確かにあれは威力、早さともに圧倒的だった。
もしリルカがあの雷の魔法を修得できれば、かなりの戦力アップになるだろうね。
私がそんな妄想をしていると、リルカは「ただ……」と言葉を続ける。
「何度も練習はしたけどボクには適性がないみたいで諦めた」
そう言うリルカの顔に陰りがさす。
しかしエステルさんはそんなリルカの様子を見ながらも陽気な声をあげる。
「雷の魔法なら良さげだの。ならその魔法で決まりだの」
「……ボクの話聞いてた?」
「もちろんだ。だが、妾を誰だと思っている? かつて天才と呼ばれた妾なら、お主に雷の魔法を教えることくらい朝飯前だ」
エステルさんは腰に手を当てると胸を張った。
そういえば、そんな話してたね。
「大船に乗ったつもりでいるといい」
◇◇
それから私たち三人はエステルさんの指導のもと、みっちり魔法の鍛練を行った。
ミーシャは支援魔法を。
私は精霊魔法を。
そしてリルカは雷魔法を――。
もちろん修行の間にも、私たちが陣取っている入口近くまで影の魔物が何度か徘徊しに来た。
事前に聞いていた話どおり、エステルさんの後を追いかけるように影の魔物は動いているようだった。
そのためエステルさんは「面倒だの……」と呟きながらも遺跡の奥へ行って誘導する、という作業を行った。
そして修行を始めてから十五日後。
今日の修行が一段落つき、軽く夜ご飯を食べ終えたところで、エステルさんが口を開いた。
「明日か明後日にまたあやつ――影の魔物がここに来るだろう。そこでけりをつける」
……ついにこの時が来たか。
私は左右を挟むように座っているミーシャとリルカの顔を見る。
「こんどはきっとわたしも役に立つの!」
「……ボクももうワイバーンの時の二の舞にはならない」
何やら意気込んでいる二人だけど……別に役に立ってないなんて思ったこと、一度もないよ?
ミーシャの回復魔法は頼りにしているし、リルカにはいつも助けられている。
あ、でも、リルカは怪我には注意してほしいけどね。
「やる気があるようで安心したぞ。いざとなれば妾が逃げる時間は稼ぐから安心して戦うがいい」
「分かったの!」
「……助かる」
二人に同意するように、私も深く頷いた。