百三十五話 精霊魔法
エステルさんの口にした魔法に、私は言葉を失った。
――『精霊魔法』。
いつかリルカに見せてもらった本に書かれていた魔法。
そしてその本によれば、今は失われた『古代魔法』の一つ。
ミーシャもリルカも『精霊』を知らなかったから、誰かが適当にでっち上げた魔法だとばかり思っていたけど……。
まさかそんな魔法の名前がこのタイミングで出てくるとは予想だにしていなかった。
私は深呼吸をして平静を取り戻すと、アイテムバッグから黒板を取り出す。
『精霊 存在する?』
そしてミーシャやリルカに聞いた質問と全く同じ事を聞いてみる。
エステルさんは黒板を読むや否や、くつくつと笑い始めた。
「存在するも何も、お主がその精霊だぞ?」
……はい?
私が精霊って……え?
私、魔物だよね、アルラウネだよね?
もしかして、実は植物の精霊でしたとかいうオチ?
首を傾げる私を見ながらひとしきり笑ったエステルさんは、ふうと呼吸を整えてから口を開く。
「精霊とは、かつての魔物の呼び方らしい。そして精霊魔法とは、魔物のために作られた魔法のことを指す」
……えっと、つまり。
私のイメージしていた、火の精霊とか水の精霊とかの力を借りて使う魔法とは違うってことか。
というか、魔物のために作られた魔法って……。
そんな魔法、一体誰が作ったのよ?
「妾も詳しくは知らないが、知り合いに博識なやつがいての。――いや、あやつは博識というより年の功か。ともかく、精霊魔法は妾やお主のような魔物のための魔法だということだ」
私が黒板で聞いた質問に答えてくれるエステルさん。
まあ、私としても魔法の由来をどうしても知りたいわけじゃない。
気になるといえば気になるけど、そういうのはリルカみたいな熱心な人に任せるとしよう。
「肝心の精霊魔法の内容だが、使う魔物によって現れる効果が異なる。妾の精霊魔法はこれだ」
そう言ってエステルさんは自らの左手首を口に当てると――口元から覗く八重歯を白い肌へと突き立てた。
「きゃっ……!」
手首から流れ出る鮮血を見て、ミーシャが小さな悲鳴をあげる。
ちょっ、何してるの!?
私も慌てて止めようとするが、次の光景に思わず目を疑った。
溢れた血は腕を伝って肘まで流れ――地面へ落ちることなくさながら赤い氷柱となって留まっていた。
その様子を唖然と見ていると、いつの間にか血は止まったのか、氷柱は十センチほどの長さで成長を止めていた。
「と、止まった……の?」
「ここからだ」
恐る恐る聞いたミーシャに対して、エステルさんはニヤリと口の端を吊り上げる。
エステルさんの言葉に呼応し、血が意思を持ったように動き出す。
やがて赤い球体へまとまった血はエステルさんの手首から離れ宙へ浮かび始めた。
宙へ浮いた血の球体は、一見するとリルカの『燐火』や私のウォーターボールに似ている。
これがエステルさんの精霊魔法なのかな……?
「花の。これを攻撃してみるといい」
攻撃?
私は疑問を覚えながらも頷くと、蔓を伸ばして血の球体を叩き割った。
球体は呆気なく割れて周囲へ飛び散る。
えっと……普通に割れちゃったけど?
エステルさんの表情を伺うが、笑みを浮かべたまま飛び散った血を見ているだけ。
首を捻りながらも再度地面へ視線を落とすと、飛び散った血の一滴一滴が動き出していた。
ミーシャが「ひっ!」と小さく声を上げて私の服にしがみついてくる。
しばらくすると集まった血が球体へと戻り、再び宙へ浮かび始めた。
しかもなぜか球体が二つに増えている。
「これが妾の精霊魔法だ。今回は血の量も込めた魔力も少なめだが、本来は無限に再生と増殖を繰り返す盾となり、さらには相手を追い詰める剣となる」
もしこの血の球体がもっと早く再生と増殖を行い、さらにはこちらを攻撃してきたら……?
私のウォーターレインの比ではないほど厄介なのは想像に難くない。
私が戦慄しながら血の球体を見ていると、エステルさんはくつくつと笑って指を鳴らした。
すると球体は少しずつ小さくなっていき、最後には空気に溶けるように消えてなくなった。
「魔物としての特性を強化する魔法。それが精霊魔法だ。妾の場合は『血液』と『再生』だが、お主の場合はどんな魔法になるのか――楽しみだの」
◇◇
それから私とミーシャは、魔力の増強の訓練を行いつつ、それぞれの魔法の修得へと乗り出した。
ちなみに魔力の増強の訓練は単純で、ひたすら魔素を集めて魔力に変換するというものだった。
ただし、魔力暴発が起きるギリギリまで魔力を溜めるようにと言われている。
エステルさんいわく、
「扱える魔力の量は、使えば使うほど増えていく。他にも方法がなくはないが……今はひたすら訓練あるのみだの」
とのこと。
私がスタンピードの後で魔力が増えたのも、ブーツで無理矢理膨大な魔力を扱ったからかな?
まあ、そのあたりはいつかエステルさんに聞いてみてもいいかもね。
そして、修行を開始してから翌日の夕方。
私は遺跡の外から一つの魔力が近付いてくるのを探知した。