百三十四話 眠り姫の才能
『魔神』という単語に、今度は視線をそらさなかった。
もうとっくのむかしにバレているし、今さら隠したところで話が長引くだけだからね。
真っ直ぐエステルさんを見ていると、エステルさんは何が可笑しいのか、くつくつと笑い出した。
「ようやく認めたか。話が早くて助かるがの」
まあ、魔神だというのは認めるけど、あの影の魔物を倒せるほど私強くないよ?
手にした黒板でそう伝えると、
「もちろん。今のお主ではドラゴンすら倒すのに苦労するだろうな」
あっけらかんとそう返された。
うっ……事実だから胸に刺さる。
スタンピードのとき、私はドラゴン相手に手も足も出なかった。
普通に撃った魔法は鱗と翼で全て弾かれ、魔道具であるブーツを使った捨て身の一撃ですら姿勢を崩させるだけ。
魔力量の上がった今なら多少はダメージを与えられるかもしれないけど……。
エステルさんの言うとおり、倒すのは難しいと思う。
「何も今のまま倒せとは言わない。妾は相性が悪く、お主は実力不足。――なら話は簡単。妾がお主を鍛えるだけだ」
確かに、エステルさんが鍛えてくれるなら十分望みはあるね。
魔力探知という前例もあるからなおさらだ。
「それに、妾と違ってお主には頼れる仲間がいるだろう」
エステルさんの視線に釣られて、隣のリルカと膝の上のミーシャを順に見る。
リルカは目が合うと薄く微笑みを浮かべて頷いて返してくれる。
「……ボクも一緒に強くなる。もちろんミーシャも」
……そうだね。
森を彷徨っていたときとは違って、今は私一人で戦っているわけじゃない。
リルカとミーシャ、二人と一緒なら不思議と乗り越えられる気がしてくる。
「話は決まったようだの。ならまずはそこの眠り姫を起こすところから始めようか」
エステルさんは、いまだ私の膝に頭を預けて寝ているミーシャに視線を落とすと、苦笑した。
◇◇
ミーシャに話を伝えつつ、順番に休息を取った後。
私たちはエステルさんの案内で、影の魔物を避けながら遺跡の入口まで戻ってきていた。
「……じゃあ行ってくる。二人とも無理はしないように」
「いってらっしゃいなの」
片手を軽く上げたリルカは遺跡から一人出ていく。
鍛えると言ってもさすがに一日や二日でどうにかなるものじゃなく、少なくとも十日は欲しい。
その間ずっと遺跡にいても問題ないのか。
エステルさんのそんな当たり前の疑問で、冒険者ギルドに報告はしておこうという話にまとまった。
リルカにはその報告のために一度街へ戻ってもらうことになった。
もちろん、事前にエステルさんから修行の内容は伝えられている。
リルカへ出された最初の内容は「帰ってくるまで一切の魔法の使用を禁止」だった。
最初リルカは渋っていたが、エステルさんの「できるならやってみろ」という言葉に火がついたようだ。
「さて、お主らにもそれぞれ修行をしてもらうぞ。まずはミーシャ、お主は回復魔法が得意だったな?」
「うん」
「攻撃魔法は?」
「え、えっと……使えないの。ごめんなさい」
耳をペタンと伏せて申し訳なさそうにするミーシャ。
そんなミーシャの様子にエステルさんは少し狼狽する。
「な、何故謝る……別に怒ってはいないぞ?」
「……ほんと?」
「ああ。むしろかなりの才能を秘めていると喜んでいるくらいだ」
「えっ?」
……うん?
ミーシャと私は揃って首を傾げる。
才能を秘めているって、どういうこと?
「これは妾の感覚だがの。魔法には得意不得意があり、その得意が極端に偏っているほど強力な魔法が使える傾向にあるのだ」
「えっと……?」
「つまり、お主は攻撃魔法が使えない代わりに、回復魔法や、恐らく支援系の魔法の才能が群を抜いているはずだ」
確かに、王都のギルマスもミーシャの回復魔法をべた褒めしていたね。
勧誘までしていたし……ちなみにたまに会うといまだに誘われているから、諦めてはいないみたい。
「お主はまず魔力の量を増やすこと。これだけでさらに回復魔法の効果が増す。さらに同時に支援系の魔法を覚えてもらう」
「しえん魔法?」
「それは追々説明していく。妾も支援魔法は少しだけ使えるが、恐らくお主が使いこなせば妾よりも上になるだろう」
え……エステルさんよりも上って、盛りすぎじゃない?
そう思ってエステルさんを見るが、表情は極めて真面目だった。
「えっと、よく分からないけど、頑張るの!」
ミーシャは首を傾げながらも、胸の前で小さく両手を握りしめた。
エステルさんは「その意気だ」と微笑みをこぼした後、次に私のほうを向く。
「そして、花の」
……『花の』って、私のこと?
初めてそんな呼び方されたよ。
「お主も魔力を増やしつつ、新しい魔法を覚えてもらう」
なんとなく予想していたけど、やっぱり私も新しい魔法か。
水の魔法が得意な私だから、新しい魔法は氷とか霧とか?
またはアルラウネだし毒を出したりや植物を操ったりする魔法とか?
そんな考えを一蹴するかのように、エステルさんは驚くべき魔法を口にする。
「お主に覚えてもらうのは、精霊魔法だ」