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百三十二話 秘密の昔話

「ふう、待たせたの」

「……ごめん。長くなった」


 それから十分ほどした後、魔石トークを終えたらしい二人が私とミーシャの向かいへとやってきて座った。

 ちなみにミーシャは疲れからか私の膝に頭を預けて寝てしまっている。


 冷めてしまったお湯を再度沸かすためにコンロを弄っているリルカを見た後、私はエステルさんに視線を向ける。


「……ん? どうかしたのか?」


 視線に気付くと不思議そうに首を傾げるエステルさん。

 私はミーシャを起こさないように地面に置いた黒板を手に取ると、素朴な疑問を書いてみる。


『ずっと遺跡に?』


 エステルさんはそれを見ると、苦笑を浮かべる。


「まあ、そうだ。少しやることがあるからな」


 気軽にそう言ったエステルさんの表情には、どこか寂しげな雰囲気が浮かんでいる。

 ……なんか放っておけないよね、こういう表情されると。

 私は理由を聞こうとして――その前にリルカからエステルさんへマグカップが手渡される。


「ほう、紅茶か……久しいな。ありがとの」

「ん。……ところでやることって何?」

「ああ、聞いていたか。そうだの、過去の清算、とでも言えばよいか」


 ……過去の清算?

 不穏な単語が聞こえて、私は思わず眉を顰める。

 それって、エステルさんが昔この遺跡で何かをしてしまったってこと?


「何、楽しい話ではないよ。お主たちにはほとんど関係のない話だ。……どうする、それでも聞くか?」


 まるで悪魔の誘いのように、ニヤリと唇の端を上げるエステルさん。

 私とリルカお互いに顔を見合わせた後、すぐエステルさんへ視線を戻した。


「聞く」


 リルカの端的な言葉に同意するよう私も頷く。

 だってここまで聞いたら気になるし、私たちに手伝えることがあったら手伝いたい。

 それに、私たちだってエステルさんに影の魔物の討伐を手伝ってほしいからね。

 エステルさんの悩みは無視で、こちらのお願いだけ言うなんてアンフェアなことはしたくない。


 私たちが聞くといったことに驚いたのか、エステルさんは珍しく呆けたような表情を浮かべる。

 そして次第に柔らかい顔つきへと変わった。


「まったく、お人好しな奴らだの。なら心して聞くが良い。妾の過去を――……」


 ◇◇


 エステルさんの口から語られた話は、到底信じられないような内容だった。


 エステルさんは今から数百年も前の人だということ。

 奇病を患っていて、それを治すために研究をしていたこと。

 研究の結果、魔物へと()ったこと。


 それはつまり、エステルさんが私と同じく魔物へと成った元人間だということであり……。

 そして私と同じく魔法を使える魔物――『魔神』であるということだ。


「……信じられない」


 リルカのボソッと呟いた言葉に、私も内心で激しく同意する。

 いや、別に今の話を疑っているとかじゃないんだけど。

 なんというか、予想以上の内容で動揺していると言うのが正しい気がする。


 私とリルカの反応が気に入ったのか、エステルさんはくつくつとひとしきり楽しそうに笑った後、口を開いた。


「まだ話は終わってないぞ?」


 ……あ、そうか。

 今の話だけだと、なんでエステルさんがこの遺跡に籠っているのか分からないね。


 私が続きを促すように頷くと、エステルさんは再び話を始める。


「魔物と同じ体質へと変わった妾は、それはもうはしゃいだ。……何せ、魔力暴発の心配がなくなったうえ、数年ぶりに健康な身体を手に入れたわけだからの」


 まあ、想像に難くない。

 というか、アルラウネになってから初めて移動できるようになったときの私と似ている。

 あの時の私も、動けるようになったことが嬉しくて、夜まではしゃいでいた。

 ……いや、あの時は食べ物に浮かれただけか。


「だが、浮かれすぎた。妾はすでに人間ではなく魔物。それを忘れていた」


 エステルさんの声のトーンが徐々に下がっていく。

 私かリルカか、ゴクリ、と唾を飲み込む音が鳴った。


「妾が研究の素体としていた魔物は、主にバット種とスライム種という比較的どこにでもいる魔物だ。そして妾にもその特性が濃く表れていた」


 バット種からは吸血衝動と血を力に変える特性を。

 スライム種からは怪我してもすぐに再生する肉体を。


 親指、人指し指と折り曲げながらそう言ったエステルさんは、全ての指を曲げて強く握りしめる。


「……ある時、妾は己の吸血衝動に駆られて人を襲ってしまったのだ。そこで話が終わればまだ良かったが、そうはいかなかった。妾に血を吸われた者――私とそう歳の変わらぬ女性だったか――は、突然苦しみ出した。そして呆気に取られる間に女性は魔物へと変貌したのだ」


 『吸血鬼に血を吸われた人も吸血鬼になる』。

 そんな話を私は思い出す。


「後で分かったのだが、どうやら妾の体組織は魔力をあまり持たない者にとっては猛毒らしく、少しでも取り込んでしまうと自我を失い魔物へと成り果ててしまうらしい」


 私はリルカを見て、続いて膝の上のミーシャを見下ろす。

 魔力をあまり持たないってことは、二人のような魔法使いなら平気で……逆に言うとそれ以外の人は全員アウトということか。


「それからはまさに地獄絵図だった。魔物へ成った者が別の者を襲い、そして村人のほとんどが魔物に成り果てた。幸い、力のある魔法使いが近くにいたおかげでそれ以上被害は拡大しなかったがの」


 力なく笑うエステルさんに、私も、リルカも、何も言えなかった。


「そして、妾は吸血の魔物――『吸血鬼』として恐れられるようになったのだ」

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