百三十一話 再会、そして魔石トーク
三つ目の通路を越えて新しいエリアに入ったときだった。
魔力探知に大きな魔力を感じて、私は足を止めた。
「わっ……んむ!」
背中にぶつかってきたミーシャが驚いた声をあげそうになるのを、咄嗟に口を塞いで止める。
私が自分の口に指を当てると、それだけでミーシャは理解してくれたのかこくこくと頷いた。
「……どうした?」
ミーシャの口から手を離したところで、後ろを歩いていたリルカが声を抑えて近付いてきた。
魔力探知の反応がある方を指差した後、アイテムバッグから黒板を取り出して手早く書く。
『魔力 大きい』
この魔力の大きさはエステルさんのような気がするけど、影の魔物やそれ以外の可能性も十分にある。
もし影の魔物だったら、エステルさんのいない今、私たちだけでは手に負えないためすぐに逃げないといけない。
緊張が走る中、魔力は迷うことなく私たちのいる方向へとゆっくり近付いてくる。
「……エステルという人?」
リルカが小声で尋ねてくるが、私は分からないと首を捻っておく。
私はいつでも逃げられるようにと腰を落としながらも蔓を伸ばす。
リルカも杖を取り出して臨戦体勢に入った。
反応が徐々に近付いてくるにつれてカツカツという足音が聞こえてきて――それはちょうど十メートルほど先で止まった。
「ほう……。いきなり立ち止まったからどうしたかと思ったが、やはり以前よりも魔力探知の範囲が上がっているな」
そんなセリフの後にくつくつと喉を鳴らすような笑い声が聞こえて、私は思わず頬を緩める。
再びカツカツという足音が響き、暗闇の先から白と黒のゴシックドレスが浮かび上がる。
――やっぱり、エステルさん!
「久方ぶりだの」
陽気に片手をあげて挨拶をしてくるエステルさんに、私は蔓を引っ込めて近寄る。
そしてエステルの手を取ってぶんぶんと大きく振った。
もう、この前はいきなりいなくなって、寂しかったんだよ!
せめて一声かけて欲しかったよ。
「……して、そちらの二人を紹介してはくれないか?」
あ、そうだった。
私はエステルさんの手を離すと、エステルさんを見て呆けているミーシャとリルカの元へ戻る。
そして脇に抱えたままの黒板に二人の名前を書いてエステルさんへと向けた。
「……アルネ。それだけじゃ紹介になってない」
黒板に書かれた名前を見て呆れたようにため息をついたリルカが、一歩進んで私の隣に並ぶ。
「ボクはリルカ。王都で冒険者をやっている。よろしく」
「わたしはミーシャなの。よろしくなの、お姉さん」
リルカの真似をしてミーシャも私の隣に並ぶと、元気よく挨拶した。
エステルさんはリルカ、ミーシャの順に視線を巡らせ、最後にミーシャの外套の下で揺れるしっぽを見て目を細めた。
「獣人とは珍しいの。いや、そういえばこの前の男も獣人だったか。……まあよい。妾はエステリーゼ・ヴァン・ヴェルーチェ。そこの花の知り合いなら、親しみを込めてエステルと呼ぶと良い」
◇◇
私たちは休憩も兼ねてエステルさんと近況報告をすることとなった。
少し通路から離れた場所に移動すると、アイテムバッグから小さな箱を取り出して地面に置き、中の魔石に触れる。
すると、私たちのいる壁際の一角を覆うように円形の魔力が広がった。
ディーツさんの認識阻害の魔法を、未使用の魔石に込めてもらったものだ。
その間にリルカはアイテムバッグから火の魔石が入った簡易コンロや鍋を取り出して、手際よくお湯を沸かし始める。
そしてエステルさんはというと――。
「な、なんだこれは……!? なぜ石からこんな魔法が出ている? どういう仕組みだ?」
目を見開きながら、認識阻害の魔石を物珍しげに見つめていた。
何って……ただの魔石だけど。
初めて魔石を見たときの私と同じような反応しているけど、まさか本当に初めてとか言わないよね?
というか前に会ったとき、私、光の魔石持ってたよね?
「魔石なの。エステルお姉さん、知らないの?」
「これが魔石だと……? 昔はこんな高度な魔法は込められなかったぞ?」
あ、また「昔は」って言ってるよ。
吸血鬼とは言っていたし、意外と歳をくっているとは思っていたけど……。
もしかして実はかなりのおばあちゃん?
「む……。お主、今、何か失礼なことを考えなかったか?」
ナンデモナイデスヨ?
私は首を横に振っておく。
ジトっとした目を向けてきていたエステルさんは「まあ良い」とすぐに興味を魔石に戻した。
「ふむ。妾の知っている魔石と仕組みは似ておるな。だが、こんな高度な魔法を込めておけるほど魔石は万能ではないはずだが……? しかもこの魔力量。ゴーレムではあるまいし、これほどの魔力を貯めておける魔石など存在するのか?」
「……この魔石は隣の国で採れたもの」
「隣の国で? お主、リルカといったか。その話もう少し詳しく聞かせてもらえるか?」
「……もちろん」
目の色が変わったエステルさんとリルカは、二人で認識阻害の魔石の入った箱を挟むようにして腰を下ろす。
あー、うん。
これは長くなりそうかなー。
私はコンロの魔石に触れて火を止めると、沸騰していたお湯をマグカップ二つに移して紅茶をいれ、片方をミーシャに手渡した。