百二十九話 遺跡リトライ
私、ミーシャ、リルカの三人は、以前ゴーレムとの戦闘のあった岩道を抜け、遺跡の入り口の前へやってきた。
ちなみにクロエさんとディーツさんは、調査隊の二人と一緒にこの街の領主へ事情の説明に行っている。
三日休んだとはいえまだ本調子じゃないだろうし、無理はさせたくない。
その後も街の人の避難を手伝うよう釘を刺してある。
ギルマスにも伝えてあるから目を光らせてくれるだろう。
私は巨大な岩盤に開いた遺跡の入り口を見上げる。
まさか二度も入ることになるとは思わなかったけど……。
でも、今回は準備万端だ。
アイテムバッグから折り畳まれた紙を取り出して両手で広げる。
アッリさんに頼んで写させてもらった遺跡の地図で、アッリさんのコメント付きだ。
地図を覗き込むようにミーシャとリルカが私の向かいから首を出した。
「入り口はここなの!」
「……どういうルートで回る?」
私はミーシャが指差した場所を見つめる。
遺跡は入り口から真っ直ぐ伸ばした線でほぼ左右対象になっている。
左右どちらへ行っても同じような気がするが、私は入り口から壁伝いに左回りのルートを指でなぞった。
右はまだあの影の魔物が徘徊している可能性があるからね。
「うん。ボクも賛成。先にエステルという人に会いたいなら左に行くべき」
私たちは影の魔物の調査と討伐に来たけど、明らかに実力不足。
それは前回の探索で身に染みている。
だからその実力不足を補うため、エステルさんに協力を仰ぐつもりでいる。
エステルさん――それが私のとっておきの秘策だ。
あの人の素性は分からないけど、腕利きということは知っているし、信頼できる人だとも直感が告げている。
というか、なぜか他人とは思えないんだよね。
吸血鬼とアルラウネ……うん、接点なんてないはず。
まさか前世の知り合いとか?
そんなわけないか。
「お花さん、どうしたの?」
「……何か気になることでも?」
ミーシャとリルカの心配したような声に、私は思考の海から引き戻される。
あ、ごめん。
また考えごとしてただけだよ。
私はなんでもないと首を横に振りながら、地図を畳んでアイテムバッグへ戻す。
そして代わりにランタンを二つ取り出すと、片方をリルカに手渡した。
「ん。ありがとう」
リルカと私はそれぞれランタンに入れられた魔石に触れて明かりをともす。
私はミーシャとリルカと顔を見合わせ、お互いに頷き合う。
準備もできたことだし、行こうか!
◇◇
遺跡に踏み込んだ私たちは、柱の迷路を横目に、壁に沿って左へと進む。
遺跡の中央は柱の迷路、迷路から脇へそれると投石や落石といった罠の数々。
そして壁際にも同様に罠が仕掛けられている。
私はウォーターケージで飛んでくる石礫を防ぐと、発射口らしき穴へ伸ばした蔓を叩きつけて壊した。
――これで十個目!
とても便利な魔力探知だけど、罠のような魔力を持たないものは探知できない。
だから気力も体力も残っている今のうちに罠を逐一潰しておこうと二人と話し合って決めてある。
何か問題が起きて引き返そうとしたとき、罠で足止めされるのは避けたいからね。
後ろの明かりが揺れたので振り返ると、リルカが『燐火』を柱にぶつけていた。
リルカの足元には燃えかすが落ちているため、恐らく矢のようなものが飛んできたんだろう。
柱を攻撃していた炎が消えた後、リルカが私の方を向いた。
「……そっちは大丈夫だった?」
うん、余裕だよ。
今のところ石や矢が飛んでくるだけだから、ウォーターケージで簡単に防げている。
とはいえ、以前は落石や毒ガスといった罠もあったから油断大敵だ。
あのときはディーツさんが真っ先に罠に気付いてくれていたけど、今はいないからね。
私は石などが混じってしまったウォーターケージを一度消して作り直すと、魔力探知を行う。
すると、十メートルほど先の地面の一角に、小さな魔力が多数固まっていることに気付いた。
ん……これはスワムラットかな?
スワムラットはこのノクタール遺跡に住み着いているラット種の魔物だ。
Dランクの魔物で、集団で行動する習性を持つが、そこまで脅威ではない。
脅威ではないんだけど……エコーバットと同じく音に敏感で、近寄ると散開されてしまうため対処がとても面倒になる。
今までなら迂回して避けるところなんだけど――。
私は片手を横に伸ばして二人を止めると、もう片方の手でラットの方を指差した。
「この先に何かいるの?」
ミーシャが頭に手を当てて耳を澄ますが、すぐに首を傾げる。
遠くて聞こえないのか、単にラットの群れが動いていないだけか。
『ラットの群れ』
アイテムバッグから取り出した黒板にそう書いて見せた後、さらに『私がやる』と付け足した。
「……分かった。例の魔法?」
リルカの質問に私は頷いて返す。
この三日間、何も魔力探知の訓練だけをやっていたわけではない。
魔力探知という要素を加えた新しい魔法の練習も、合間を縫ってやっていた。
今こそ、その成果を試すときだね!
私は両腕をラットの群れの方へと伸ばすと、魔素を集め始めた。