百二十八話 魔力探知の訓練
昼食を食べ終えた私たちは、宿屋への帰路につく。
その途中、さっそく私は魔力探知を展開させた。
隣のミーシャとリルカ、井戸端会議をしている女性二人、近くの建物の中にいるだろう誰か。
およそ半径十メートル内にいる人たちが自然に放つ魔力の大きさと位置が伝わってくる。
さすが冒険者というべきか、ミーシャとリルカの魔力は他の人よりも大きい。
うん、問題なく使えているね。
後はこれの範囲を広げるだけだけど……どうすればいいんだろう?
使い続ければ広がるのかな?
「お花さん、どうしたの?」
考え事に集中していたために歩みが遅くなっていたようで、ミーシャが不思議そうに振り返る。
ああ、ごめんごめん。
ちょっと考え事していただけだよ。
私は何でもないよと首を横に振ろうとして、しかし思いとどまる。
んー、別に隠しておく必要はないよね。
むしろこれだけ有用なんだし、ミーシャとリルカの二人にもぜひ習得して欲しい。
あわよくば二人のどちらかの探知範囲がエステルさん並みであればとっても助かる。
正直、エステルさんの探知範囲は努力うんぬんではどうしようもないと思うからね。
私は足を止めると胸の前に抱えていた黒板に簡潔に『宿で話す』とだけ書いて、少し前で止まっていた二人へ向ける。
「……分かった」
「えー、気になるの!」
静かに頷いたリルカに対し、ミーシャはぷくっと頬を膨らませる。
あはは、集中できる場所のほうがいいし、また宿屋に戻ったらね。
ミーシャはしばらく「教えてー!」と駄々をこねていたが、「気になるなら早く帰る」というリルカの一言で一目散に駆け出した。
宿屋に戻るとさっそく部屋に三人で集まり、私は遺跡で出会ったエステルさんのことと、魔力探知の説明をした。
誰もが魔力を持っていること、その魔力を探知できれば人の居場所が分かること。
それから私の魔力の探知の仕方。
全てを話し終わった後、ずっと黙って聞いていたリルカが、はあとため息をついた。
「……何を話すかと思えば。魔力の探知ならボクでもできる」
……え、ええー!?
リルカの衝撃的な言葉に、私は思わずベッドから立ち上がり心の中で叫んでしまう。
え、リルカ、魔力探知できたの?
なんでもっと早く教えてくれなかったの!?
私はリルカに落ち着かせるように肩を押されて再度ベッドに座らせられる。
「話は最後まで聞いて。魔力の探知はボクでもできる。……けどあくまでもできるだけで使えない。アルネの言うような範囲は無理。頑張ってもすぐ隣にいる人くらい」
すぐ隣……というと、半径一メートルもないってこと?
それは確かに使いどころがあまりなさそうだね。
私がなるほどと頷くと、リルカは言葉を続ける。
「ボクの知っている限りだと魔力の探知ができる人自体が稀。エステルという人がどんな人なのかボクは分からない。だけど街一つ以上の範囲を探知できるなんて例外中の例外。それだけは断言できる」
リルカは私の目を見てそうはっきりと言い切った。
うーん。
エステルさんが規格外なのは分かっていた――というか本人も言っていた――けど、私の半径十メートルくらいでも十分にあり得ない部類だということ?
私とリルカの知っている知識を比べてみると……もしかして私が魔物だということに関係しているのかな?
むしろ、それくらいしか思い当たる節はない。
そうなると、二人の魔力探知をあてにするのは難しそうだね……。
――そこでようやく私は隣のミーシャが静かなことに気付く。
顔を右隣りへ向けてみると、ミーシャは目を瞑って険しい顔をしながら小さくうんうん唸っていた。
えっと、魔力探知をやってみてくれている……でいいのかな?
しばらく見守っているとミーシャがパッと目を見開いた。
お、できたのかな?
「ううー、よく分からないの」
……うん、まあすぐにはできないよね。
私は耳を垂れさせて残念そうな表情を浮かべたミーシャの頭に手を置いて撫でた。
◇◇
それから二日間、私は寝るとき以外、常に魔力探知を使い続けた。
魔力を練ったり魔法を使ったりするわけじゃないから身体に負担がかかることはないけど、常に気を張り続ける必要があるため精神的にどっと疲れた。
例えるなら、ずっと耳を澄まし続けている、みたいな状態かな。
でもそのおかげか、魔力探知の範囲が大きく広がった。
今の私は通常時で半径十メートル、集中すれば半径二、三十メートルほどまで探知できる。
まだ物足りない気はするけど、これが私の限界だと直感が告げている……気がする。
「お花さん、準備できた?」
宿屋の部屋の扉を開いて顔を覗かせたミーシャに、私は頷いて返す。
ベッドから立ち上がると、近くの机の上に置かれていたアイテムバッグを手に取ると肩から斜めに掛け、身体に固定するようにベルトを締める。
今回のアイテムバッグは、冒険者御用達の雑貨屋で購入した、戦いの邪魔にならないように設計されたものらしい。
かなり奮発したから、前みたいに壊れないことを祈るばかりだ。
最後に忘れ物がないか部屋をざっと見渡した後、私は宿屋の部屋を後にする。
さて、遺跡へ再挑戦だ――!