百二十六話 カッコいいギルマス
魔素が多いという私やリルカに、アッリさんは「やっぱり」と呟く。
やっぱりってことは疑うような何かがあったのかな?
首を傾げてみると、アッリさんが説明してくれる。
「ええとですね。以前トニスから遺跡に封印されている魔物について話を聞いたかと思います」
「……聞いた。この地域の伝承」
「それです! 私はその遺跡と魔物に関してある仮説を立てていました。強力な魔物に魔素が集まるように、魔物が封印された遺跡にも魔素が集まっているのではないか、と」
ああ、だから魔素に関して質問してきたんだ。
話が繋がって私はなるほどと頷く。
「実際、遺跡にはあの……影のような魔物がいましたし、アルネさんとリルカさんが仰っていたとおり魔素の量も多いようです。もし私の仮説が正しいのなら、あれが封印されていた魔物なのだと思います」
例の魔物のことを思い出したのか、アッリさんは途中で一度言葉を途切れさせるが、最後まで言い切った。
うーん……。
聞いた限りではアッリさんの仮説は正しいように思える。
ただし、それはつまり例の影の魔物は遺跡に封印されるほどの強力な魔物であるということの裏返しでもある。
そして、そんな強力な魔物が遺跡から出てこの街や近くの山村を襲うと……と考えるだけで寒気がする。
「……アルネの考えていることは分かりやすい。どうせ街に被害が出る前に討伐しようとか考えている」
私が口元に手を当てて考えていると、隣のリルカが苦笑しながらそんなことを言い出す。
え……私、顔に出てた?
慌てて手で両頬をむにむにと揉んでみる。
「ええっ……! アルネさん、確かBランクの冒険者でしたよね!? Aランクでも隠れてやり過ごすような魔物を討伐なんて、危険ですよ!?」
アッリさんがベッドから立ち上がって私の肩を掴んでくる。
驚きよりも心配が勝っている表情に、私は嬉しく感じる。
でも大丈夫だよ。
私だって真正面からあんな化け物に立ち向かうつもりはない。
とっておきの秘策があるんだから――。
◇◇
遺跡から戻った翌日。
宿屋の一階にある食堂で朝食を取った私たちは、雑貨屋へ立ち寄り私用の黒板を購入した後、依頼の報告のため冒険者ギルドへ赴いていた。
ギルドの扉を開けて入ると、カウンターに頬杖を付いていた女性――マテオンの冒険者ギルドのマスターが、ガバッと勢いよく顔をあげて立ち上がった。
その拍子にまたしても椅子が倒れるが、お構いなしだ。
「みんな、無事だったのね――! それに、クロエとディーツも!」
「あら、久しぶり、カトラ。元気そうね」
「元気そう、じゃないわよ!」
ギルマス――カトラさんという名前らしい――は、カウンターを回り込んで私たちに近づいてくる。
そしてクロエさんとディーツさん二人の肩に手を回すと、引き寄せるようにして抱きついた。
「もうっ……どれだけ心配したと思っているのよ!」
「心配かけてごめんなさい」
「悪かった」
「許すわけがないでしょ! このお人よしのバカ夫婦!」
乱暴な言葉とは裏腹に、ギルマスは心底嬉しそうな声をあげる。
その声はどこか湿っぽい気がするが、私の位置からじゃギルマスの顔は見えないし、気のせいだと思っておこう。
そのまましばらく二人に抱きついていたギルマスは、一、二分ほど経った頃にようやく二人から離れた。
ギルマスは少しだけ赤くなった目を擦ると、今度は私たちの方へ姿勢を正して向き直り、深く腰を折った。
「三人とも、二人を連れて帰ってきてくれてありがとう!」
「……ボクたちは依頼をこなしただけ。それにミーシャの家族を助けないわけがない」
「それでもよ。あと、依頼料は弾ませてもらうわ!」
ギルマスは頭をあげると、「みんなには内緒よ?」とウインクする。
次にギルマスは私たちの後ろに待機している調査隊の二人に目を向けた後、再びクロエさんへ視線を戻した。
「で、そちらの二人はどなたかしら……? 奥で詳しく説明してもらえる?」
ギルマスはカウンターの隣にある扉を開けると、にっこりとほほ笑みながら奥を親指で指差した。
◇◇
ギルドの奥にある会議室へ通された私たちは、クロエさんとリルカが主となってギルマスに事の経緯を説明し終えた。
途中から言葉数が少なくなっていき、最終的には一言も喋らなくなったギルマスは、はあと深く息を吐きながらこめかみを指で押さえた。
「まさか私の管轄内で、そんな冒険者がいて不正を働いていたなんて……。これは私の不手際だわ」
「あら、カトラは悪くないわ。どこにだって不正を働く冒険者はいるし、それを全て取り締まることなんて無理なことよ」
「ありがとう。そう言ってくれるだけで気が楽になるわ。……えっと、トニスさんとアッリさんだったわよね? その冒険者たちの特徴を、後で詳しく教えてくれるかしら?」
「は、はい。分かりました」
「私が責任を持って捕まえて、罪を償わせるわ」
そう言うギルマスは、最初に会ったときに抱いた軽薄そうな印象はなく、これまでで一番ギルマス然としており思わずカッコいいと思ってしまった。