百二十三話 似た者同士
それから半日後。
ミーシャの手厚い回復魔法のおかげで調査隊の二人――トニスさんとアッリさんが動けるようになったため、私たちは一度外を目指すことになった。
Sランクの魔物のことも気になるけど、二人はまだ怪我が治りきっていないし、何より十日間以上も遺跡に籠りっぱなしの人たちを連れていくわけにはいかない。
ディーツさんは「大丈夫だ。これくらい問題ない」と言っていたけど、それダメなやつだからね。
そして今に至るわけだけど――。
私は隣を歩くディーツさんにチラリと目を向ける。
……どうしてこうなった!
うう、気まずいよ!
出発する少し前、リルカの提案により隊列を組むことになった。
来るときは私が先頭、真ん中にミーシャ、リルカが殿だった。
三人はそのままにして増えた四人を配置した結果……。
私とディーツさんの二人が先頭となってしまったのだ。
そんなわけで、私が気まずさを意識しないよう魔力探知に集中していたとき。
ディーツさんがおずおずといった様子で口を開いた。
「あー、その。ミーシャを王都まで連れてきてくれたらしいな。おかげで数年ぶりにこうして会うことができた。……感謝している」
そう言ってディーツさんは軽く頭を下げた。
まさかディーツさんから話しかけてくるとは思っておらず――まあ私から話かけることはできないんだけども――突然のことに頭が真っ白になってしまう。
そんな私の心の内など知るよしもなく、ディーツさんは前を向いたまま話し続ける。
「ミーシャは元気にやっているか? あの子は村から出たことがないから、王都に馴染めているのか少し不安なのだ。わたしたち親が長いこと留守にしているせいで、村でもずっと一人きりにさせてしまった。だから……」
……うん。
ちょっとディーツさんのことを誤解していたかもね。
まあ、出会い頭に斬りかかられたのだから仕方がない部分はあるけど。
私はミーシャについて語るディーツさんを横目で見る。
その表情はミーシャを心配する親そのもので。
Aランク冒険者でも一人の親なんだな、とどこか微笑ましく思うのだった。
◇◇
「ちょっと止まってくれるかしら」
リルカと一緒に最後尾を歩くクロエさんの一言で、私たちは足を止める。
うん、一体どうしたの?
魔力探知には……魔物らしきものは見当たらないね。
まさか罠とか?
でも、罠は全てディーツさんがあらかじめ見つけてくれるおかげで、まだ一度も嵌まっていない。
「お母さん、どうしたの?」
「一度出口のある方角を確認するのよ。調査隊から地図の写しはもらっているから」
そう言ってクロエさんは背負ったカバンを地面へ降ろすと、側面から丸められた紙を取り出し、同じく地面へと広げる。
さらに手のひら大の平たい箱のようなものを取り出して広げた地図の上へと置く。
箱の上面はガラスなのか透明になっており、中には瑠璃色の球体が見える。
えっと、何これ?
箱の中に……ビー玉?
謎の物体の登場に私が首を傾げるよりも早く、リルカが食いつくように身を乗り出した。
「方位石……!」
「あら、リルカちゃん、これのこと知っているの?」
「知っている。方位石。常に一定の方角に向かって微かな力が働いているため球体にして平らな場所に置くと方角が分かると本で読んだことがある。ファルムンド王国では見つかっていないためかなりの高額で取り引きされている。実物は始めて見た」
「そ、そう。詳しいのね」
前のめりになって目を輝かせるリルカに、乾いた笑みを浮かべるクロエさん。
うーん、要するに方位磁石ってことかな。
あとクロエさんの邪魔になるからちょっと下がろうね。
私はリルカの二の腕を掴むと、引きずるようにクロエさんから一メートルほど離す。
クロエさんはその様子を苦笑しながら見ていたが、やがて地図に目を落とした。
しばらく方位石の箱と地図を交互に見た後、「分かったわ」と顔を上げた。
「このまま壁に沿ってもう少し移動すれば、通路が見えてくるはずよ」
へえ、そんなことまで分かるんだ。
クロエさんの横から覗き込んでみると、手書きでところどころ穴抜けにはなっているけど、思っていたよりも綺麗な地図だった。
描かれた地図はなんとなく想像していたとおり、いくつもの円がところどころ線で繋がるような形をしていた。
その形は簡単な幾何学模様であり、前世の漫画などでよく見た魔法陣のようにも思える。
「きれいなの……!」
私の隣から顔を覗かせていたミーシャが、感嘆の声を漏らす。
すると、壁に寄りかかるように座って休んでいたアッリさんが突然立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。
そしてミーシャの小さな右手を、両手でガシッと掴んだ。
「分かりますよね、この美しさ! 単純な円と線だけで描かれた、けれどどこか複雑な地形! まるでこの遺跡全体が何らかの意味のある形を模しているような――」
「おい、アッリ! みなさんの邪魔になるだろう!」
慌てて追いかけてきたトニスさんが、話し途中のアッリさんの二の腕を掴んで引きずるように下がっていく。
あー、何かデジャブを感じるよ。
私はトニスさんに引きずられていくアッリさんを見て、思わず心の中で苦笑した。