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十三話 猫耳っ子

 猫耳っ子のお腹がくぅという可愛らしく鳴る。

 顔を赤くしてさっとお腹を押さえた。


 なるほどなるほど。

 お腹がすいたのね。

 確かにお昼も過ぎてしばらく経った頃合い――つまり、おやつの時間だ。


 猫耳っ子を怯えさせないようにそっと棘の蔓を伸ばす。

 一瞬びくりとするが、その目は興味深そうに蔓を見ている。

 近くの木へ蔓を伸ばすと、木になっている果実を一つもぐ。

 黒角イノシンの巣にもあった手乗りサイズのミニリンゴだ。

 みずみずしくて甘さ控えめでおいしかったのを覚えている。


 そのまま猫耳っ子に差し出す。

 猫耳っ子は私とミニリンゴを何度か交互に見ると、恐る恐る手を伸ばした。

 伸ばされた小さな手のひらに、私はミニリンゴを落としてあげる。


「た、食べていいの?」


 じっと手の中のミニリンゴを見つめた後、そう尋ねてくる。

 なんだか餌付けしているみたいだ。

 どうぞ、と頷いておく。

 猫耳っ子はもう一度ミニリンゴ、私の順番に見る。

 疑っているのだろうか。


 まあ確かに、私だって同じ状況だったら絶対に怪しむ自信がある。

 知らない人から食べ物を貰っちゃいけません、だ。

 しかも私は人じゃなくモンスターだ。

 なおさら裏があると思われているんだろう。

 ヘンゼルとグレーテルに出てくる魔女のように、太らせてから食べるとか。


 猫耳っ子は覚悟を決めたようにごくりと唾を飲み込むと、ミニリンゴをかじった。

 とたんにパッと顔が明るくなる。

 うんうん。

 分かるよ、その気持ち。

 このミニリンゴおいしいからね。

 甘すぎないから何個でも食べられそうだし。

 今度は四本同時に蔓を伸ばすと、再びミニリンゴを採って猫耳っ子の前に積み上げた。


「ありがとう、お花さん」


 どういたしまして。

 心の中で返事をしておく。


 よほどお腹がすいていたのか、夢中でミニリンゴを食べる猫耳っ子を、あらためてじっくり眺める。

 見た目からすると、十二、三歳くらいだろうか。

 黒のショートヘアーの上に黒い三角の猫耳。

 スカートからは黒色のしっぽが伸びて、少し揺れている。

 モンスターっぽい雰囲気はしない。

 小説などでよく出てくる、獣の特徴を持った人――いわゆる獣人って種族なのかな?

 まあ、モンスターがいるんだし、獣人がいてもおかしくないか。


 それにしても、この猫耳っ子は一体どこから来たんだろう?

 まさか一人で森を探検していたわけじゃあるまい。

 こんなモンスター溢れる危険な森にいたら、すぐに死んでしまうだろう。

 戦えるようには見えないし。

 実際ヘビに食べられそうになってたし。


 なら、普通に迷子とか?

 ……いや、どこからよ。

 近くにこの子が住んでいる町とか村があるとか?

 もしあるなら、ぜひとも案内してほしい。

 うむむ。

 色々と聞いてみたいけど、喋れないのが歯痒い。


「あ、あの」


 考えごとをしていると、猫耳っ子から声がかかる。

 居心地が悪そうにもじもじしている。

 どうやら猫耳っ子を見つめたまま考えごとをしていたらしい。

 うん、ごめん。


 謝罪代わりに別の果物も追加しておく。

 が、猫耳っ子は私のことをじっと見ている。

 え、何?

 さっきの仕返し?


「その腕、けがしてるの?」


 違った。

 私の左腕を見ていたのか。

 左腕は添え木で固定して首から吊るした状態だ。

 正直忘れていたくらいなんともないんだけど、端から見ると痛々しいのだろう。

 猫耳っ子は心配そうな顔で私の腕を見ている。


 やがておもむろに立ち上がると、小走りで駆け寄ってくる。

 うん?

 近くまで来ると、私の左腕に両手を添えた。


「ちょっとじっとしてね。――ヒール!」


 そう呟くと、猫耳っ子の両手がぽうっと白く薄く光る。

 同時に感覚がなかったはずの左腕が少し温かくなる。

 ……はいっ?

 えっ、何これ。

 左腕の感覚が少し戻ってる?


 というか、今「ヒール」って言ったよね。

 ヒールってあれでしょ。

 ゲームでよくある、回復魔法。

 傷を治したり落ちた体力を回復したりできる、おなじみの魔法。

 まさか、この世界に魔法が存在しているとは思わなかった。


「うう。わたしじゃ、ちゃんと治せない」


 うなだれる猫耳っ子。

 猫耳としっぽがしょぼんと下がっている。

 いやいや。

 魔法が使えるなんて、充分凄いよ。


 左腕を首に下げた蔓から抜いて軽く振ってみる。

 まだほとんど力が入らないし、感覚もほとんどない。

 けど、ついさっきまで一ミリも動かなかったのが嘘のようだ。

 凄い。

 左腕を戻すと、俯いたままの猫耳っ子の頭に右手を乗せて軽く撫でる。

 ふわりとした髪の毛に、さわり心地の良い猫耳。

 ……気持ちいい。

 そのまま無言で撫で続ける。


 もちろん、お礼として撫でているだけだよ。

 決して猫耳に触りたかったわけではないよ。

 本当だよ。


 しばらく撫でて満足したので、じゃなくて、お礼も終わったので頭から手を離す。

 猫耳っ子も撫でられたのが嬉しかったのか、顔がだいぶ明るくなっている。


「わたしミーシャっていうの。お花さん、名前分からないから、お花さんって呼んでいい?」


 もちろん、というように頷いておく。

 そもそも私に名前はない。

 人間の頃の名前は思い出せないし、今の姿になってからも名前を付けられたことはないはず。


 私が頷くのを見た猫耳っ子、あらためミーシャは、出会ってから始めて笑顔を浮かべた。

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