百十七話 見えるけど見えない
「ほれ、次はこっちだ」
幅四、五メートルほどの通路を抜けた私は、右手に持った魔石をエステルさんが指差した方へかざす。
相変わらず真っ暗闇に浮かんだ等間隔の柱を見て、思わず心の中でため息を吐いた。
試験を兼ねたエコーバットとの戦闘を終えた私は、ひとまず自力で魔力探知することを諦め、エステルさんの協力を仰いだ。
私が二人とはぐれたことを知っているエステルさんは、手伝ってほしいという身振り手振りに意外と早く察してくれた。
まあ、それでも三十分ほど費やしたんだけどね。
今は光源となる魔石を持っている私が先立って歩き、行き止まりになったり道をそれたりしたときにエステルさんが道を示してくれている。
ただ、数時間ほど歩いてようやく分かったんだけど、どうやらこの遺跡は複数の巨大な空間が通路で繋がってできているらしい。
例えるなら横に伸びた巨大なアリの巣といったところかな?
そして魔力探知は名前の通り、壁などの障害物を無視して魔力だけを探知する。
つまり、エステルさんが探知してくれた方向へ歩いても、壁に突き当たるのだ。
エステルさん曰く「こればかりはどうしようもないの」だそうだ。
そのため私たちは、探知した魔力へ向かって歩いて壁に突き当たっては壁沿いに歩いて通路を探す、という作業をかれこれ何時間も続けている。
「全く、誰がこんな煩わしい遺跡を作ったのだ。いい加減、妾も飽きてきたぞ。やはり壁を壊して進むのが早いのではないか……?」
少し後ろを歩くエステルさんが、もう何度目かも分からない呟きをこぼす。
いや、遺跡が壊れたら困るから駄目だって。
私が後ろを振り返って首を横に振ると、エステルさんは「むう」と拗ねたように唸る。
しかしエステルさんはすぐに真剣な表情へ戻した。
「まあ良い。それよりお主、近くに別の人間の魔力があるがどうする?」
エステルさんの突然の言葉に、私は呆気にとられる。
え、別の人間って、ミーシャとリルカ以外ってことだよね?
それってもしかして、ミーシャの両親じゃない?
私は慌てて何度も頷くと、指で右や左を交互に指す。
ど、どっちにいるの……?
「落ち着け。長いこと同じ場所に留まっているから、すぐに移動することもないだろう。案内すれば良いのか?」
――あ、ごめん。
私はエステルさんの呆れたような表情で冷静さを取り戻すと、頷いて返す。
「分かった、こっちだ」
エステルさんの案内に従って、私は魔石を掲げて歩き出す。
それにしても、まさかミーシャの両親を先に見つけるとは思ってもみなかった。
でも、長いこと同じ場所に留まっているって、いったいどうしたんだろう?
もしかして怪我して動けないとか……?
思い浮かんだ嫌な想像を、首を振って追い払う。
いや、Aランク冒険者だという話だし、きっと何か別の理由があるんだろう。
私は不安を胸に抱きながら、遺跡を歩くのだった。
◇◇
エステルさんの案内で歩くこと十分ほど。
またしても見えてきた壁に、私は思わず肩を落とした。
また迂回するのかー。
そう思って後ろを振り返ると、エステルさんは岩の壁をじっと見つめている。
えっと、また壁を壊すとか言い出さないよね?
しかしエステルさんは、女の私でも思わずドキリとするほどの妖艶な笑みをその顔に広げ、私に目線を向けた。
「お主も魔力探知を使ってみるが良い。面白いものが見られるぞ?」
愉快そうにくつくつと喉を鳴らすエステルさん。
えっと、面白いもの?
私は首を捻りながらも、エステルさんの言う通り、目を閉じて魔力探知を使ってみる。
すると背後の壁際に大きな温かな気配――魔力の反応があることに気付く。
慌てて目を開けて壁を振り返り、手に持った魔石を掲げてみるが、相変わらず変な模様の入った岩の壁しかない。
……あれ?
再度、魔力探知を使うとやはり壁の前くらいの場所に反応があるが、目を開けて確認すると何もない。
うーん、どうなってるの?
私は首を傾げてエステルさんを見る。
「どうだ、面白いだろう? 恐らく隠蔽、つまり姿を隠す魔法を使っているのだろう」
あ、なるほどね。
隠蔽の魔法なんてものもあるんだ。
というか、テアさんの使っていた召喚魔法や契約魔法にしてもそうだけど、ほんとこの世界の魔法は何でもありか。
私が心の中で突っ込みを入れている間、ひとしきり笑っていたエステルさんは、「さて」と真剣な表情へ戻した。
「そこにいるのは分かっているぞ? 隠れていないで出てくるが良い」
エステルさんが声を張り上げると、壁際でざわっと何かが動く気配がする。
おお、信じてないわけじゃなかったけど、本当に誰かいるみたい!
私が目を凝らそうと壁際へ一歩近づいた――その瞬間。
何もない空間から突如、私の身の丈より二回りほど大きな影が飛び出してきた。
その手元には、鈍く輝く剣。
――くっ!
私は咄嗟に棘の蔓を身体の前に伸ばしてガードする。
蔓と剣が衝突し、衝撃が生まれる。
直後、私の身体は反動で後ろへ飛ばされた。