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百十五話 エステリーゼ

 女性の指差した遺跡の奥へ進むこと約一分。

 たまに立ち止まって魔力探知を行うも引っ掛からないし、目視でも魔物は見当たらない。

 遺跡の暗闇の奥に見えるのは等間隔に並んだ柱くらいだ。

 あれ、こっちであってるんだよね?


 疑問に思いながらもさらに歩くが一向に魔物の気配はない。

 さすがに心配になってきた私は、斜め前を歩く女性の肩をちょんちょんと突いた。


「ん、どうした? ようやく探知できたのか?」


 女性は銀髪をさらりと流しながらこちらを振り返る。

 いや、探知できたわけじゃなくてね。

 私は首を横に振ると、次に前方を指差して首を傾げた。


「ふむ……本当にこの先に魔物がいるか、と聞きたいのか?」


 そう、それ!

 まさかすぐに意味が通じるとは思っていなかった私は、コクコクと頷く。

 女性は「そんなことか」と言いたげな表情を浮かべながら、


「あと半分ほど歩けばいるぞ」


 とあっけらかんと答えた。

 ……え、あと半分も?

 少し奥って話じゃなかったの?


「なんだ、その驚いた顔は? 少し奥と言っただろう?」


 女性は腕を組むとムッとした顔になる。

 ……あー。

 もしかして、私の魔力探知に魔物が引っ掛からなかったのって、単純にこの女性の探知できる範囲が広すぎるだけなんじゃない?

 私だって半径十メートルくらいはカバーできているし、今の今まではそれで十分に広いと思っていたんだけど……。


 私は女性を指差した後、腕を広げて自分の周りに大きく円を描くと、続いてこめかみに人差し指を当てて首を少し傾ける。

 探知の範囲について聞いてるつもりだけど、通じるかな?


「範囲……悩む……? ああ、探知できる範囲を聞きたいのか」


 お、通じた!

 私のジェスチャーも捨てたものじゃない……いや、向こうが慣れてきただけか。

 女性は何が楽しいのかくつくつと喉を鳴らした後、にやりと得意げな顔を浮かべる。


「妾の魔力探知の範囲は広いぞ。同族の中でも随一だ。そうだの……例えば、お主のことはここへ真っ直ぐ向かってくる頃から知っていたな」


 ……うん?

 遺跡の中では、地下の通路も含めて真っ直ぐ進めた試しがない。

 ってことはもしかして、遺跡の外――マテオンからここへ来る途中のことを言っているの?


「日の光など久しく見ていないからなんとも言えないが、大体五日ほど前からだな」


 はあ?

 何言っているの、この人は?

 五日前って言ったら、まだ王都からマテオンへ馬車で真っ直ぐ向かって……真っ直ぐ?

 え……まさか、ね?


「なんだ、信じていないな? ……いや。ふむ……よく考えたら、妾のことを話していなかった気もするな。それでは信じろと言うのも酷な話か。すまないすまない」


 疑うような視線を向けた私に対して、女性は少し考えるそぶりを見せる。

 やがて女性は腰に手を当てて胸を張ると、高らかに名乗った。


「では改めて自己紹介をしよう。妾の名はエステリーゼ・ヴァン・ヴェルーチェ。偉大なる吸血鬼(ヴァンパイア)だ」


 ◇◇


 (みずか)らを吸血鬼だと名乗った女性――エステリーゼさんに対して、私は思わずなるほどと納得してしまう。


 この世界にはミーシャのような獣人や王都の道具屋の店主のようなドワーフがいるんだから、吸血鬼なんて種族の人がいても不思議ではない。

 吸血鬼だけでなく、エルフとか妖精とか巨人とかいう種族が出てきたって今さら驚きはしない。

 そして、私の知る――前世の知識にある――吸血鬼には、いくつか特徴がある。


 一つは日の光に弱いこと。

 日射しを浴びると灰になって死んでしまう、という説もあるくらいだ。

 出会った当初から、エステリーゼさんは久しく外へ出ていないと言っていた。

 それはつまり、吸血鬼だから日の光の射す遺跡の外へ気軽に出られないということだろう。

 他にも十字架やニンニクが苦手など、弱点が多々あるらしいけど、細かいことは知らない。


 次に長寿であること。

 エステリーゼさんは若々しい見た目とはそぐわず歳をくっているような発言をしていた。

 だけどもし長寿の吸血鬼というならそれも納得できる。


 他にも高い魔力だとか、この暗闇の中ランタンすら持っていないとか、色々とあった不可解な点がすーっと解消される気がした。


 私は改めて目の前で胸を張るエステリーゼさんを見る。

 エステリーゼさんはそんな私を興味ありげといった様子で見つめ返してきた。


「……ほう、妾が吸血鬼だと聞いても恐れないか。流石は『魔神』といったところか」


 ……一体なんのことかな?

 また突如出てきた『魔神』という単語に、私は素知らぬ顔を保つ。

 エステリーゼさんはくつくつと笑った後、口を開いた。


「やはりお主は面白いの。そうだ、妾のことは親しみを込めてエステルと呼ぶが良い」


 えっと、その提案は嬉しいんだけど……。

 私が話せないこと忘れてない?

 心の声が表情に出ていたのか、エステリーゼさんはすぐに「おっと、喋れないのだったな」と訂正する。


 いや、まあ、内心の呼び方は変えさせてもらうよ。

 私はエステリーゼさん……じゃなくて、エステルさんを見ると、分かったと頷いた。

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