百十四話 魔力探知
「この世界にはいたるところに『魔素』が存在しており、『魔素』は『魔力』に変換できる。これくらいは知っているだろう?」
女性の言葉に私は頷く。
まあ、これくらいは知っている……というか知らないと魔法が使えないからね。
その魔力の変換が上手いか下手かで魔法使いの素質が決まる、と私に魔法を教えてくれたエリューさんは言っていた。
「そしてあまねく生き物は体内で『魔力』を作っておる。まあ、多少の差異はあるが……な。逆に言ってしまえば、『魔力』を持つのは生き物だけということだ」
へー、魔法が全く使えない人でも、魔力は作っているんだね。
あ、もしかして魔石に触れるだけで魔法が発動するのって、体内で作られた魔力が反応しているから?
村や町で魔法が使えないはずの人が魔石で火をともしたり水を出したりするのを見るたび、ずっと不思議だったんだよね。
今までは魔石に溜まった魔力を消費しているんだと思っていたんだけど……。
なるほど、誰もが少なからず魔力を作っていて、それを使っているのなら納得だ。
などと考えが脱線しかけていたが、女性のコホンというわざとらしい咳払いで慌てて意識を戻す。
「ここまで言えば分かるだろう。つまり『魔力』の存在さえ探知できてしまえば、誰がどこにいるのかなど手に取るように分かる」
おおー!
私が思わず小さく拍手をすると、女性は満更でもない様子で鼻を鳴らす。
しかしすぐに顔を暗くすると、はあとため息を吐いた。
「魔力探知なぞ魔法が使える者なら常識だと思っていたが……最近はそうでもないのか」
最近は……って、そんな歳じゃないんだから。
……ないよね?
エリューさんという例外を知っているため、私は「昔よりも魔法の技術が衰退しているのか」と考え込んで呟く女性を見る。
女性は私の視線に気付くと、すまないと顔を上げた。
「さてと、説明は以上だ。後は実際にやってみるが良い」
いや、やってみろと言われても……。
私はとりあえず目を閉じると、周りに意識を集中する。
以前から魔素の存在だけはなんとなく感覚で掴むことができている。
今も空気中や周りの地面や壁に、たくさんの魔素が漂っているのが分かる。
なんか魔素の量がいつもよりも多い気がするけど、今はあまり関係ないので気にしないでおく。
次に目の前にいる女性へと意識を移す。
女性の周囲の空気中にも魔素は漂っているが、女性の身体へ集まった時点で追えなくなる。
恐らく魔力に変換されているのだろう。
私は魔素の存在しない女性の体内へとより意識を傾ける。
私の中にある魔力のイメージは、酸素や水素から生成された『水』だ。
しかも、ミーシャに回復魔法を掛けられた時の印象が強いのか、温かいお湯をイメージしている。
つまり、女性の体内にあるお湯を探す感覚――。
そのまましばらく意識を集中させていると、不意に女性の身体の中心から、何か温かいものが感じられたような気がした。
きたっ、とそこで集中を欠いてしまったのか、感覚も消えてしまう。
ああー!
今のは惜しかった!
でも、初回でなんとなく感覚は分かったのは、なかなか筋がいいんじゃない!?
私はついつい笑みを浮かべながら、いったん目を開ける。
「ほう、もう探知できるようになったのか?」
あ、ごめん、まだ全然です。
女性から感心したような視線を向けられて、いそいそと再び目を閉じた。
◇◇
集中していたので時間の感覚が曖昧だけど、一、二時間くらい経った頃。
私はようやく女性の魔力を探知できるようになっていた。
ただしいまだに目を閉じて集中する必要があるので、使い勝手はよくないけどね。
それと、もう一つ使い勝手が悪い理由がある――。
「――つまり、妾以外の魔力が探知できない、と?」
なんとかジェスチャーを駆使して女性へ伝えると、女性は怪訝そうな表情を浮かべた。
そう、この女性の魔力は探知できるようになったものの、他の魔力は一切感じ取れないのだ。
女性は少し考えると、指を二本立てた。
「考えられる理由は二つといったところか。一つは妾の魔力が大きすぎる可能性。これでもかなり制限しているが、抑えきれていないのも事実」
えっと、それは自慢なのかな、それとも卑下なのかな?
私の心のつっこみは残念ながら伝わらず、続いて女性は指を一本おろす。
「もう一つは探知の範囲が小さい可能性だの。一番近いところだと……ここから少し奥へ進むと魔物の魔力があるな」
え、そんな近くに?
私は再度目を閉じて集中してみるが、変わらず女性以外の魔力は全く感じ取れない。
うーん。
ってことは、初めに言っていたこの女性の魔力が大きすぎる可能性が濃厚か。
一、二時間練習しても大きい魔力しか探知できないんじゃ、到底使い物にはならないね……。
「まあそう肩を落とすな。まだ決まったわけではない。一度探知しながら奥へ進んでみようではないか」
あからさまに落ち込んでいたのか、女性は私を元気付けるように励ますと、遺跡の奥を指差した。
そうだね、ここで落ち込んでいても仕方がないし、まずは行ってみるかな。