百十三話 黒歴史なんてなかった
「ところでお主、この先に用事があるのではないのか?」
長い銀髪を揺らしながら女性が後ろの階段を指差したことで、私は本来の目的を思い出した。
そうだ、この人が誰かは知らないけど、今はそれどころじゃない。
早く二人と合流しないと!
私はお礼代わりに軽く頭を下げると、女性の横を抜けて岩の階段を登り始める。
明かりが届かないから分からないけど、天井の高さから考えると相当長い階段になっていそうだ。
まあ、前世ならいざ知らず、魔物の身体になった今なら階段程度で疲れはしない。
少し駆け足になりつつもテンポよく階段を登っていく。
――そしてなぜか私の真横を女性が並走する。
えっと……何かな?
速度は緩めず私は首を傾げる。
「久しぶりにまともに誰かと話せたのだ。移動しながらで良いからもう少し付き合え。まあ、お主は一言も発してはいないがな」
結構なペースで登っているのに息一つ切らさず余裕……むしろ意に介していない様子で女性はくつくつと喉を鳴らす。
久しぶりに話したって……一体何日この遺跡を彷徨っているのよ。
さっき私のことを待っていたと言っていたけど、そもそも迷子ですらない?
というか、こんな暗い遺跡でランタンも持たずに、どうして私が来るって分かったの?
と、そこまで考えてあることに気付く。
もしかしてこの人、遺跡の道とか、さらには遺跡のどこに誰がいるのかとか、把握しているんじゃない?
私は思わず足を止めて女性を見つめる。
少し先で遅れて止まった女性が、振り返りながら呆れ顔を浮かべた。
「……さっきも言ったが、見つめても何も出ないぞ?」
あ、ごめん……じゃなくて!
もし本当に把握しているなら、道案内してほしいかな。
せめてミーシャとリルカがいる方向だけでも分かれば嬉しいけど……。
うーん、でも、どうやって伝えればいいんだろう?
とりあえずダメ元でジェスチャーによる意思疏通を頑張ってみるか。
右手を頭に、左手をお尻へやると、ピョコピョコ動かす。
耳としっぽでミーシャの真似。
続いて両手で頭上に大きく円を描いた後に両手を合わせて高く伸ばす。
とんがり帽子でリルカの真似。
女性は無表情かつ冷めた目で私を見つめていたが、やがてそっと視線をそらされた。
あ、うん。
ダメだこれ、やっぱりミーシャみたいには伝わらないね。
というか、恥ずかしさで穴があったら入ってそのまま地面に埋りたいわ……。
私はしばらく両手で顔を覆って黒歴史確定の行動を後悔する。
よし、なかったことにしよう……!
私はそう決めると、何事もなかったかのように立ち上がり、再び階段を登り始める。
女性も何も言わずに着いてきてくれて、その優しさが胸に染みるのだった。
◇◇
やがて階段を登りきった私は、目の前に広がる暗闇とうっすらと見える柱を見て、心の中でため息を吐いた。
またこの柱の迷路と罠の中を進むのか……。
しかも前までと違いミーシャもリルカもおらず、ランタンも壊れて魔石だけになっているため光の広がりが小さい。
正直こんな状態で進めるのか疑問だし、さらにミーシャやリルカを探すとなると無理を通り越して無謀な気さえする。
進めるかもしれないけど、魔物に襲われたら恐らくアウトだね。
一応、謎の女性が着いてきているけど、この人一体何者なのかな?
私は女性へチラリと目を向けると、視線が合ってしまう。
「どうした、二人と合流するのだろう? 早く行けば良いだろう?」
……えっ?
女性が当たり前のように放った言葉に、私は戦慄する。
二人と合流するって……なんで知ってるの?
それに早く行けば良いって……やっぱり居場所が分かるの?
そんな心の疑問が表情に出ていたのか、私の顔を見た女性は訝しげに眉を潜めた。
「なんだお主、もしかして魔力探知が使えないのか?」
……魔力探知?
何それ?
意味は分かるが聞きなれない言葉に、私は首を傾げる。
「……まさかとは思っていたが、お主もあの連中も使えなかったのか。魔力探知なぞ基本中の基本だろうが……」
女性は「ありえん」と右手で顔の半分を覆いながら呟く。
え、何、まさか基本的なことだったの?
魔法を教えてくれたエリューさんは魔力探知なんて一回も言っていなかったよ?
戸惑う私をよそに、女性はすっきりした表情で顔を上げる。
「……まあ良い、これで納得がいった。道理でお主らは同じところをぐるぐると回っていたわけだ。それに妾の存在にも気付いていなかったというわけか、なるほどなるほど」
何が可笑しいのか、くつくつと楽しそうに笑う。
笑っている姿も絵になるんだけど……とりあえず説明をプリーズ。
「おっと、すまないの。面白いことを教えてくれた礼と詫びに、妾が特別に魔力探知について手ほどきしてやろう」
おおっ、それは嬉しい!
女性の話や名前からして、その魔力探知を使えれば、ミーシャやリルカの居場所が分かるんだよね。
この広大で罠だらけの遺跡を隅々まで探さなくて済むなら、それ以上に嬉しいことはない。
艶然と微笑む女性に、私はお願いしますと頭を下げた。