百十一話 意気消沈
ガラガラッと瓦礫が崩れる音で私は目を覚ました。
ランタンの明かりだろうか、目を開くと頭のすぐ左側で光が漏れている。
横たわった身体へ視線を向けると、今ではもう慣れた薄い緑色の肌と土で汚れた服が目に入る。
ところどころ擦りむいたり切ったりして血が滲んでいるが、幸いにも酷い怪我はなさそうだ。
ゴーレムの岩の腕が当たる直前、私は発動したままにしていたウォーターケージで身体を包んだ。
水のクッションのおかげでゴーレムのパンチが直撃することはなかったけど、その後に想定外のことが起きた。
ゴーレムのパンチの衝撃で、遺跡の床が崩れたのだ。
落下中にウォーターケージが解けたため瓦礫にもみくちゃにされた私は途中で気を失い……。
そして今に至る。
で、ここはどこだろう……?
痛む身体をゆっくり起こして辺りを見渡すが、一メートルほどから先は真っ暗で何も見えない。
ランタンを手に取ろうと視線を左へ落とすと、そこには碎けたガラスや金属の破片と、その中に光を発する魔石が転がっていた。
あー、ランタン高かったのに。
まあ、魔石が無事だっただけ良しとしよう。
私は右手を伸ばして破片の中から魔石だけを拾い上げると、再度周囲を照らしながら見渡す。
どうやら崩れた瓦礫が山のように積み上がり、その中心部に私は寝ていたらしい。
上の階とは違ってこの場所は通路のようになっているらしく、前後が数メートルほどの幅をもって壁で挟まれており、左右がずっと奥へと続いている。
壁は岩ではあるけど舗装されているので、ここも遺跡の一部なんだと思う。
試しに魔石を上へ掲げてみるが、光の届く範囲に天井らしきものは見えない。
蔓の先端に光る魔石を持たせて伸ばしてみても変わらずだった。
これはちょっと上へ戻るのは無理かな……。
私は上へ戻ることは諦めて蔓を戻すと、次に視線を下ろす。
そこで足元の平な瓦礫の下から見慣れた物がはみ出ているのを見つけた。
って、これ……!
慌てて瓦礫を持ち上げると、半分ほどが潰れて、見るも無残な姿になったアイテムバッグが転がっていた。
ぎゃー、私のアイテムバッグがっ!
というか、これって中身無事なの!?
私はアイテムバッグを回収すると、他に何も落ちていないことを確認して瓦礫を戻す。
そして瓦礫の隣にしゃがみ込むと、壊れたアイテムバッグから中の物を取り出して瓦礫の上へ並べてみる。
……結論、中身の大半が潰れたり壊れたりしていた。
無事だったのはポーションと軟膏――恐らくスタンピードのときに配給されたものだろう――が数個ずつ、それと数日分の携帯食料、他は袋や紐といった雑貨だけだった。
大切な黒板がバキバキに割れて出てきたときには、思わず泣きそうになってしまった。
私は無事だったポーションのうちの一本を手に取ると、近くの瓦礫の岩に腰掛ける。
過去に一度口にして以来、あまり美味しくはないためずっと遠慮していたポーションだが、怪我を直すためだと自分に言い聞かせながら一気にあおった。
青臭さと渋みと苦みの混ざった何とも言えない独特な味に、思わず顔をしかめる。
やっぱりミーシャに回復魔法をかけてもらうのが一番だ、と私はため息を吐いた。
そういえば、ミーシャとリルカの二人は無事なのかな。
結構思いっきり放り投げちゃったけど……まあ多少の怪我ならミーシャがいるしきっと大丈夫だろう。
それよりも、この場にストーンゴーレムがいないということは、上に残ったままだということになる。
燐火じゃストーンゴーレムに相性が悪いと聞いたし、戦ったら苦戦を強いられるだろう。
無事に逃げきれていればいいんだけど……。
その後、二人の心配をしながらも、血の滲む傷に軟膏を塗ったり、アイテムバッグの中の無事だった物を空き袋に詰めたりする。
十分ほど休息を取った後、瓦礫から立ち上がって軽く身体を動かしてみる。
……うん、もう大丈夫そうだね。
最後に、邪魔にならないように紐で袋を背中に固定して、私は準備を整えた。
さて……と。
まずはSランクの魔物の調査やミーシャの両親探しよりも、ミーシャとリルカの二人と合流するのが先決だ。
そのためには上へ登る階段や道を見つけないとね。
私は左右に伸びた通路を交互に見る。
右か、左か。
どっちが正解かな?
再度照らして覗いてみたり、ミーシャの真似をして耳を澄ませてみたりするが、特に違いはない。
うん、分からないし適当でいいや!
ミーシャがいつも並んでいる方、というなんとなくの理由で右に決めると、私は瓦礫の山から飛び下りた。
歩き出す前に、空いた左手を前へ出してウォーターケージを作り、さらに蔓も伸ばしておく。
一本道とはいえどんな魔物や罠があるか分からないし、用心するに越したことはない。
今は魔物を見つけてくれるミーシャも、後ろを任せられるリルカもいないからね。
二人がいないと思い出して少しナーバスな気持ちになるが、切り替えるように右手の魔石を掲げると、私は一本道を進み始めた。