百十話 遺跡の罠
迷ったと気付いてからすぐに、私たちは進むか戻るか相談をした。
「お母さんとお父さんがここにいるなら探したいの」
「……引き返しても戻れるとは到底思えない」
そう言った二人に、私も頷いて同意した。
まずはこの遺跡がどうなっているのかを調べるのが先決だけど、それはミーシャの両親を探しながらでもできることだ。
いや、もしかしたらミーシャの両親も同じように迷っているかもしれない。
その場合は遺跡の調査をすれば見つかる可能性が高い。
何にせよ、このまま進むのが一番だと私も思う。
全員一致で進むと決まると、まずは柱を頼らずに歩いてみることにする。
気付いてから見てみると、等間隔に真っ直ぐ並んでいると思っていた柱は、少しずつカーブを描くように置かれているのが分かる。
これって、侵入者を惑わすための罠なのかな?
もしそうだとしたら……。
私は何があっても対処できるようにと警戒を強める。
慎重に歩みを進めること数分。
私はガンッ、ガンッと何かがぶつかりながら動くような音が、どこからか鳴っていることに気付く。
背中のミーシャへ首を回してみると、ミーシャは文字通り聞き耳を立てて周囲を見渡していた。
また同時にリルカも気付いたのか、周囲に浮かべていた燐火を散開させた。
「……この音どこから?」
燐火のおかげで周囲が明るくなるが、動くものは見えない。
しかし音だけは徐々に大きくなっていく。
不安だけが募っていき、そして――。
「――上なの!」
ミーシャの言葉に見上げると、天井も見えない暗闇の奥から直径二メートルほどの岩が降ってくるのが見えた。
――くっ!
私はすぐさま蔓を伸ばすと、柱に巻き付けて身体を引っ張る。
横目で確認すると、リルカはリルカで移動を始めていた。
数秒後、私たちが元いた場所を、岩が押し潰した。
「……二人とも無事?」
「う、うん。平気なの……」
土煙の晴れた頃、岩を迂回して歩いてきたリルカに対して、ミーシャが若干掠れた声で答える。
私も大丈夫だと頷くが、正直、今のはかなり危なかった。
魔物のような殺気や事前動作もなくいきなり受ける攻撃が、こんなに避けにくいとは思わなかったよ。
まあでも、事前に他の罠があるかもと予想できていたのは幸いだ。
「どこか崩れて落ちてきたのかな?」
「……いや。これは遺跡の罠」
「えっ……」
ミーシャが驚くように岩を見上げる。
森の中の村で薬草を摘みながら暮らしていたミーシャにとって、こんな大掛かりな罠は今までみたことないのだろう。
そういう私だって前世の知識頼りなんだけどね。
「弧を描くように並べられた柱に落ちてくる岩……。他にも罠はあるはず。用心して進もう」
唯一実体験のあるリルカの実感のこもった言葉に、私とミーシャは揃って頷いた。
◇◇
落下する岩を皮切りに、私たちは次々と罠に見舞われた。
岩というよりも柱の迷路から脱け出したことが原因か。
とにかく、魔物を恐れて建てた遺跡という割には、罠が厳重すぎる気がする。
なんだろう、この違和感……?
私はどこからか飛んできた岩の礫をウォーターケージで受け止めながら首を捻る。
ちなみにこのウォーターケージはリルカの燐火にならって発動してみた魔法だ。
本来は何かを閉じ込めるための魔法だけど、発動してみたら意外とクッション性のある盾として役にたったので、そのままにしている。
「お花さん、リルカさん。今、この先で何かが動く音がしたの」
……ん?
そんなミーシャの声で私は考えを中断する。
動く音……もしかしてまたエコーバットか、それともネズミ種の魔物かな?
私はミーシャを背負い直すと、慎重に歩みを進める。
やがてランタンの明かりに照らされ、周りよりも一際太い柱が見えてきた。
柱の陰で何かが動き、ズシンという重い足音とともに一体の魔物が姿を現す。
いやいや、勘弁してよ……!
「……ストーンゴーレム。しかもまた普通より大きい……!」
私がゴーレムを見上げるのと同時に、後方でリルカの呟く声が聞こえた。
――って、呑気に見てる場合じゃない!
こんなところで暴れられたら、遺跡ごと崩れて生き埋めになるわ!
逃げないと……!
私が急いで踵を返した瞬間、リルカがいつになく険しい表情で声を張り上げた。
「……二人とも! 後ろ……!」
首だけを巡らせて後ろを振り返ると、ゴーレムが巨大な岩の腕を振り上げたところだった。
ちょっ!
嘘でしょ、こんな場所で!
私は首を前へ戻すとリルカの隣まで一気に詰め寄り、燐火を操ろうと腕を伸ばしたリルカへ蔓を巻き付ける。
後はこのまま離脱するだけ、と思ったとき、後ろで風を切る音が聞こえた。
間に合わない――!
そう思った私は、蔓を操って背中からミーシャを引き剥がすと、リルカとともに前方へと思いっきり放り投げた。
私の身体は慣性に従い後ろ――ゴーレムの振り降ろす腕の真下と飛ばされる。
「お花さんっ!」
「アルネ……!」
目を見開いて手を伸ばす二人を見ながら、私が首を横に振った、その直後。
ゴーレムの柱よりも太い岩の腕が、私へ叩き付けられ……。
遺跡中に響いたのではないかと思えるような轟音とともに、私の身体は瓦礫の海へと沈んでいった。