百八話 ノクタール遺跡
ストーンゴーレムを倒してからさらに岩道を進むこと約一時間。
ようやく遺跡の入り口らしき場所へとたどり着いた。
巨大な岩盤にぽっかりと口を開けた入り口の周りには柱が彫られていたり、魔法陣の一部のような模様の装飾が施されていたりする。
そういえば、遺跡とは聞いていたけど、何の遺跡なんだろう?
この世界の神様でも祀っていたのかな?
「……ここがノクタール遺跡」
物珍しげに入り口の装飾を見上げていたリルカがぼそりと呟いた。
へえ、ノクタールっていう名前なんだ。
「ノクタール遺跡?」
「そう。今から三百年以上前に作られた遺跡。かつて猛威を振るっていたとある魔物を恐れた昔の人々が建てたという話」
魔物を恐れて……ね。
討伐じゃなくて遺跡を作ることに労力を割くあたり、魔物というか天災みたいなものだったのかな。
前世の歴史でも、自然災害を神様の怒りと例えて遺跡を作る、なんてよくある話だったし。
まあ、この世界だと本当にドラゴンみたいな天災級の魔物だったという可能性も十分ありえるけど。
「じゃあ、それがSランクの魔物なの?」
「……面白い発想。でもさすがに三百年も前のことだからもう死んでいると思う」
「そっか」
安心したようにホッと息を吐くミーシャ。
でもSランクの魔物はいるんだから、気は抜かないでね。
「……遺跡に入る前に一度休憩しよう」
「分かったの」
リルカが指差した手頃な岩にミーシャが駆け寄って座る。
私も並ぶように座り、リルカはアイテムバッグから簡易コンロと鍋を取り出してお湯を沸かし始めた。
「遺跡や洞窟内ではゆっくり休憩できない。今のうちにしっかりと休んで」
そう言いながら手際よく準備をしていたリルカは、やがてマグカップを持って私たちの座る岩までやってきた。
「……はい紅茶。アルネも」
「ありがとう」
ん、ありがとうね。
私はお礼代わりに頭を軽く下げてマグカップを受けとる。
何のハーブかは分からないけど、漂ってくる甘い香りが鼻をくすぐる。
それからしばらく、マグカップから紅茶をすする音だけが聞こえ、ゆったりとした時間が流れる。
沈黙を破ったのはリルカだった。
「……昨晩話したとおりここからはアルネを先頭にして進む。ミーシャが真ん中でボクが殿。覚えている?」
「うん。わたしは魔物が出たらすぐにお花さんかリルカさんの方に逃げるんだよね?」
「その通り。……回復魔法は重要だからミーシャはとにかく逃げることに専念してほしい。もしボクかアルネが怪我したときは頼む」
「任せてなの!」
ミーシャが意気込むように両手でガッツポーズをする。
リルカはミーシャの様子に満足そうに頷くと、続いて私に顔を向けた。
「アルネはさっき言ったとおり先頭をお願い。本当は経験のあるボクが先頭を歩くべきだけど……。ボクの『燐火』よりアルネの蔓の方が前衛に向いている」
うん、大丈夫だよ。
その代わりに適宜指示はもらえることになっているから心配はしていない。
それに元々、私は蔓と毒花粉だけで戦ってきたんだし、一番前衛に適役だと思うよ。
私が頷くと、リルカも「ありがとう」と軽く頭を下げた。
それから十分ほど遺跡の進み方を相談しながら身体を休めた後、私はマグカップに残った紅茶を飲み干すと、岩から立ち上がった。
さて、それじゃあ出発しますか!
◇◇
「アルネ。そっちに一体いった」
――えっ、どこ!?
右手に持ったランタンをリルカの声のした方へと掲げると、数メートル先の暗闇から、闇に紛れた真っ黒なものが勢いよく飛び出してきた。
私は慌てて伸ばした蔓を、真っ黒なそれ――エコーバットに向けて降り下ろす。
しかしエコーバットはまるで蔓が来ることが分かっていたかのように悠々と避けると、キィーとかん高い声を上げながら後方へ去っていった。
……ああ、もう!
私が何度目かのミスに地団駄を踏んでいると、少し先で踊るように舞っていた明かりが落ち着き、こちらに向かってきた。
やがて燐火を周りに浮かべたリルカが現れた。
「……ごめんアルネ。大丈夫だった?」
大丈夫……とは言えないかな。
別に怪我とかしたわけじゃないけど、まさか暗闇での戦闘がここまで辛いとは思わなかった。
これまで何度もエコーバットというコウモリに似た魔物の群れと遭遇しているけど、そのほとんどをリルカが一人で倒しており、私は後方でミーシャの護衛をしているだけに留まっている。
エコーバットはその名前の通り音の反響に特化したコウモリの魔物らしく、暗闇でも的確に私たちを襲ってきている。
リルカは光源と攻撃手段を併せ持つ『燐火』があるので、この暗闇の中でも十分に戦うことができている。
対して私は明かりで姿が見えないと対処できず、さらには蔓による攻撃も風切り音で見切られてしまっているという状態だ。
「げ、元気出して、お花さん!」
落ち込んだ気分が顔に出ていたのか、ミーシャがそう声をかけてくれる。
うう……ありがとう、ミーシャ!
私は癒しを求めてミーシャを抱き寄せると、頭を撫でつつ耳をモフモフする。
その様子を冷めた目で見ていたリルカは、「大丈夫そう」と呆れ声で呟いた。
……まあ、正直なところ、このままだとかなりやばい。
今はコウモリだから何とかなっているけど、これがSランクの魔物だったらと思うとゾッとする。
すぐにでも対処方法を見つけないといけないよね。
ミーシャの耳を堪能しながら、私は考えを巡らせるのだった。