百六話 遺跡への道
マテオンのギルマスの依頼を受けた日の夜。
私たちは宿屋の自室にある椅子やベッドの縁にそれぞれ腰掛け、明日のことを相談していた。
「……できればもう少し遺跡の情報が欲しい。どんな魔物が住み着いているのかなどの情報は必要」
「でも、お母さんとお父さんが……」
「大丈夫。それは分かっている。だから明日の朝に情報を集めて昼には遺跡に向かう。……それでどう?」
「うん……分かったの」
リルカの提案にミーシャが力なく頷く。
冒険者ギルドで両親のことを聞いてから、ずっとこんな調子が続いている。
夕食やお風呂のときもいつもははしゃぐのに、どこか上の空だった。
そりゃあ両親がSランクの魔物がいる遺跡で十日間も行方不明なんて聞かされたら、誰だって心配でこうなるか。
いつも明るいミーシャに元気がないのは調子が狂うし、見ていて辛い。
かといって根拠もないのに「きっと大丈夫」と伝えるのは無責任な気がする。
うーん……どうしたものか。
私が内心頭を抱えていると、リルカがピンポイントで話を振ってきた。
「……あの二人ならきっと大丈夫」
ちょっ……リルカっ!
え、それ言っちゃう!?
リルカの言葉に、俯いていたミーシャが少し顔を上げた。
「ほんと……?」
「ボクは二人の戦いを一度だけ間近で見たことがある。王都のギルマスに勝るとも劣らない優秀な冒険者」
リルカが二年前に起きたスタンピードでミーシャの両親が活躍した話をしてくれる。
当時Dランクの冒険者だったリルカはスタンピード討伐に参加したが、持ち場で怪我人が多く出てしまった。
しばらくはリルカを含む残りの数人で食い止めていたが、徐々に押され始めた。
そこへ駆けつけたのが、ミーシャの両親であるクロエさんとディーツさんだという話だ。
ミーシャはリルカの話に徐々に顔を上げていく。
両親の活躍する話を聞けることが嬉しいのか目を輝かせ、しっぽをゆらゆらと小さく揺らしている。
「……二人は剣と魔法を自在に操り瞬く間に群れの一部を壊滅させた。すぐに最前線へ戻ってしまったからボクが見たのはそれっきり」
「わあっ……!」
「当時の二人でも今のボクよりよほど強いと思う。……まあボクの憧れの冒険者には及ばないけど」
「――そ、そんなことないもん! お母さんとお父さんは凄い冒険者なの!」
リルカの言葉にむきになったのか、ミーシャがベッドから立ち上がって声を荒げた。
そんなミーシャの様子を見て、リルカは少しだけ表情を柔らかくする。
「……ならその凄いお母さんとお父さんを信じてあげよう?」
「あっ……。うん、分かったの……!」
ミーシャの目が一瞬だけ見開かれるが、すぐに迷いを振り払った目へと変わった。
「リルカさん、ありがとう」
「ふふ……。どういたしまして」
こういうとき、やっぱり喋れないのは辛いなと思う。
そして同時に、リルカの存在を今までにも増してありがたく感じた。
◇◇
そして翌日。
早朝から手分けして聞き込みを行ったり雑貨屋でランタン用の魔石やロープなどを買ったりした私たちは、昼食を取った後、遺跡へ続くという道を歩いていた。
まだほとんど整備されていない道なのか、ゴツゴツした岩がむき出しになっている。
遺跡自体、最近になって発見されたと聞くし、一部の人にしか知らされていなかったはずだから、仕方がないのかな。
そんな道を足元に気を付けて進みながら、私たちは情報の整理をする。
「……遺跡に現れる魔物は少ない。さらにその多くがバット種やラット種の魔物という話」
うん、私がギルマスから聞いた情報も同じだね。
バット種と聞くと、テアさんが操っていた一つ目コウモリの魔物――確か『バットアイ』とかいう名前だったはず――を思い出す。
あんな気持ち悪い魔物が多いとか勘弁してほしい。
嫌な顔を浮かべたのを見られたのかリルカは小さく首を傾げるが、触れずに話を続けてくれる。
「それとこの周辺はゴーレムが多いらしい。だから遺跡にもいるかもしれないと聞いた」
「あ、それわたしも聞いたの! 大きな岩の魔物だって!」
ミーシャが両腕を目一杯横に広げて、大きさを表現しようとしてくれる。
かわいいけど、足元見ないと危ないよ?
ゴーレムといえば、前世でもRPGで定番の魔物だよね。
ミーシャの言うように岩や、他にも土や金属などの素材が集まって人の形をとっており、大抵は人より――ものによっては高層ビルより――大きい。
動作は遅いけど岩や金属だから非常に硬い、というのが常だ。
小説や漫画で、心臓の部分にあるコアや魔石が弱点になっている、なんていう話も記憶にはある。
そういえば前々から疑問だったんだけど、魔石ってどこから採掘されているんだろう?
貴重なもの……というのは分かるんだけど。
もしかして、ゴーレムから取れる、なんてことないよね?
「お花さん、どうかしたの?」
ううん、何でもないよ。
ちょっと落ち着いたらゴーレム狩りでもしてみようかな、なんて考えてないよ?
私が首を横に振ったとき――。
響くような音とともに地面が揺れた。