短編 ポルターガイスト
いつもご愛読ありがとうございます!
無事一周年を迎えることができましたので、今回は記念の短編となります。
これからも引き続きよろしくお願いいたします。
ある日の夕食後のことだった。
私とミーシャ、リルカの三人は、王都にある家のリビングのソファーに腰かけて思い思いに過ごしていた。
私とミーシャは読書、そしてリルカはアイテムバッグの整理なのか、中身を次々とテーブルの上に広げていた。
ゆったりと流れる時間に充足感を感じつつ本を読み進めていた、そんなとき――。
リルカが「あっ」と小さく声を漏らした。
私は手元の本から顔を上げて正面に座るリルカを見ると、リルカは一枚の紙を持ったまま動きを止めていた。
私から見える裏側にも軽い装飾の施されたその紙は、一見しただけで重要なものだと分かる。
私の隣に座っているミーシャが不思議そうに首を傾げた。
「リルカさん、どうかしたの?」
「……これ。この家の権利書。どこに片付けたのか覚えていなくてずっと探していた」
いやいや、ちょっと待って。
そんな重要なもの、今まで紛失していたってこと?
私は空いた左手で軽く頭を押さえる。
「けんりしょって何?」
「この家を使ってもいいという約束が書かれた書類のこと。……見る?」
「うんっ」
権利書を受け取ったミーシャだが、さっと目を通しただけで「よく分からないの」とつまらなさそうにリルカに返した。
リルカはそこでようやく私のジトッとした視線に気付いたようで、目線が合った。
「……なくさないように書斎にしまっておく」
うん、できればそうしてほしい。
私が頷くとリルカは権利書を片手にリビングを出ていく。
しまう場所を選んでいるのか、十分ほど二階でゴソゴソと物音を立てたあと戻ってきた。
リルカはソファーの元いた場所に座ると、「そういえば」と口を開いた。
「この家を譲ってもらった時の話」
……ん?
私は再び本に落としていた目線を上げる。
この家を譲って……?
あー、確か貴族の指名依頼の報酬って話か。
「……ここはかつてとある商人が建てた屋敷だったみたい。だけどこの屋敷に住み始めた頃――」
そこでリルカは一度言葉を切る。
隣に座るミーシャがゴクリとツバを飲み込む音が聞こえた。
「どこからか何かが揺れるような小さな物音が聞こえてきた……。初めは小動物でも入り込んだのかとその商人は思っていたみたい。だけど日に日にその物音は大きくなっていき頻度も多くなっていったらしい」
そうリルカが言った直後。
二階や隣の部屋からガタガタと揺れるような音が聞こえ始めた。
ミーシャが不安そうな顔で「えっ……?」と声を漏らしながら辺りを見渡し、私の左腕にしがみついてくる。
……これってポルターガイスト?
「そしてあるとき。ついにこの家全体が揺れ始め……」
音は徐々に大きくなっていき、そして――。
パンッ! と空気が破裂するような音が部屋中に鳴り響いた。
「きゃっ――!」
ミーシャは頭の耳を押さえながら私の腕の隙間に頭を埋める。
私は音よりもミーシャの声にびっくりしつつ、正面――胸の前で両手を叩いた状態のリルカを見た。
「……アルネはあまり驚かない。つまらない」
リルカが不満そうに口を尖らせるのと同時に、ガタガタと鳴っていた音も止まった。
やっぱり、今の揺れはリルカの仕業だったんだね。
私はしがみついて離れないミーシャに苦笑しつつ背中を撫でてあげる。
「……もしかして気付いてた?」
リルカが首を傾げて尋ねてくるので、私は頷いて返す。
まあ、書類をしまうだけであんなに長い時間かかるわけがないし、それにずっとゴソゴソと音を立てていたら……ね。
途中で何かやっているなあ、って気付いたよ。
でも、さっきの揺れはどうやってたんだろう?
機械や電気が発達していた前世なら自動で動くものなんていくらでもあったんだけど、この世界にはないよね?
私は机の上に置きっぱなしになっている黒板でそう尋ねると、リルカはなんて事のないように答える。
「瓶に『燐火』を入れて動かしているだけ。この上の空き部屋にいくつか置いてきた」
そう言ってリルカが細い指をタクトのように振ると、二階でガタガタと揺れる音がした。
おー、なるほどね。
遠隔操作のできる『燐火』だからこそできる芸当だ。
「でも失敗……。次はもっと驚かせてみる」
小さく拳を握りしめて意気込むリルカ。
あはは……。
まあ、ミーシャの心臓がもたないから、ほどほどにね。
私は苦笑いを浮かべて……ふとリルカの言葉に違和感を覚えた。
あれ……?
今、この上の空き部屋に置いてきた、って言ったよね?
でも、さっきの揺れる音は、隣の部屋からも聞こえてきていたよね……?
私は顔から血の気がさっと引くのを感じる。
「瓶は二階にしか置いていない。それはボクじゃない……」
黒板でリルカに聞いてみるが、リルカはゆっくりと首を横に振った。
私と顔を青白くしたリルカは、お互いに目を合わせて頷く。
その夜、私とミーシャ、リルカの三人は、リビングから一歩も出ずに日が昇るのを待ったのだった。
ちなみに。
明るくなってから廊下へ出ると、どこからか迷い込んだのか猫が一匹、玄関に敷いてある毛皮の絨毯の上で丸くなって寝ていた。