百五話 マテオンのギルマス
自分がマテオンの冒険者ギルドのマスターだと告げた女性は、倒れた椅子を戻して座り直す。
そしてミーシャから受け取った封筒を開けて手紙を取り出し読み始めた。
そういえば、あれって何が書かれているんだろう?
紹介状と王都の受け付けのお姉さんは言っていたけど……。
始めは眉を潜めたギルマスだったが、読み進めるうちに驚きの表情に変わった。
手紙と私たちを交互に何度も見る。
うん、一体何を書いたのかな、あの受け付けのお姉さんは。
もの凄く気になる。
「ええっと、ここに書いてあることはホントなのかしら?」
「……内容は知らない。何が書いてあった?」
リルカ、ナイス質問!
「あなたたちがBランクやCランクの冒険者であることと、人探しのためにこの街に来たこと。さらに探している人物がAランク冒険者の『魔法剣士』夫妻であることよ」
「……それならあってる」
「ギルド証を見せてもらっても?」
どこか疑うような表情のギルマスがそう尋ねてくる。
まあ、女の子三人が高ランクの冒険者だと言われても信じないよね。
私たちは首もとからギルド証を外すとカウンターに置いた。
「……名前もランクも一致しているわね」
ギルマスはギルド証と手紙を見比べると、こめかみを押さえてはあと息を吐いた。
ええ……何そのため息。
「こんなときに面倒事を持ってきてくれたわね。……いや、これならむしろチャンスかしら?」
ブツブツと呟くギルマスを横目に、見終わったらしいギルド証を回収する。
そのまましばらく待っていると、「よしっ、決めた!」とギルマスが顔を上げた。
「ねえ。あなたたち、この街のことはどこまで聞いたかしら?」
「……Sランクの魔物が現れた可能性があるから避難勧告が出た?」
「そうね、そのとおりね。付け加えるなら、それを発見したのは遺跡の調査隊や同行していたAランク冒険者よ」
ギルマスの補足に私は頷く。
冒険者たちも同じ事を言っていたね。
あのときも信じてはいたけど、これで確証が得られたわけだ。
「そのAランク冒険者というのが、あなたたちが探している二人――クロエとディーツよ」
「お母さんとお父さん?」
両親の名前が出たことで私の後ろに隠れていたミーシャが顔を覗かせた。
手紙にはミーシャの両親ということも書かれていたのか、ギルマスは特に驚く様子はなく「そうよ」と答えた。
やっぱりミーシャの両親のことだったか。
そのSランクの魔物に関して話したってことは、この街に戻ってきてるってことだよね。
なら後は滞在先をギルマスから聞けば、ミーシャの両親に会えそうだね。
「お母さんとお父さん、どこにいるの?」
私がそう安心したのもつかの間、ギルマスが予想外のことを口にする。
「遺跡の中よ」
「……え?」
……なんで?
遺跡に戻ったの?
だって、避難勧告が出ているんでしょ?
私たちが揃って首を捻るのを見たギルマスは、言いづらそうにおずおずと口を開く。
「クロエとディーツは十日ほど前に遺跡に戻ったわ。Sランクの魔物を調査、もしくは討伐するためにね。私も止めたのだけど、二人は聞かなくて。自分たちなら余裕だって笑っていたわ。……それっきり、今日まで音沙汰なしよ」
十日前から……。
この世界ではどうか分からないけど、少なくとも前世の世界だったら十日も行方不明なら生死は危うい。
私はリルカを横目で窺うが、険しい表情を浮かべていた。
どうやらこっちの世界でも同じみたいだね。
「そこでお願い……いえ、指名依頼があるの。あなたたちも遺跡に入って、クロエとディーツの二人を探してきてくれないかしら? もちろん危険なことは百も承知だし、無理言っているのも分かっているわ……! だけど今この街にいる冒険者でBランク以上なのは、あなたたちしかいないのよ!」
ギルマスは悔しそうに下唇を噛み、顔を歪ませる。
その表情だけで、この人がミーシャの両親のことを心の底から心配しているのはよく伝わってきた。
だけど一つ気になることがある。
私はアイテムバッグから黒板とチョークを取り出すと疑問を書いてギルマスへ向けた。
『あなた 行かないの?』
王都の『巨人』ことギルマスは、Aランクのドラゴン相手に一人で立ち回れるほど強かった。
この人も同じギルマスなら、単独でも遺跡の調査に行けるんじゃないの? と思ったわけだ。
黒板を見たギルマスは、しかし首を横に振った。
「今は冒険者ギルドのマスターなんてやっているけど、私はもともと鍛冶師なの。魔物と戦った経験なんてないわ」
へえ、冒険者ギルドのマスターといっても、冒険者以外からなった人もいるんだ。
――とまあ、それはさておき、話は分かった。
もともと王都の指名依頼である魔物の調査で、遺跡には行く必要があると馬車の中で相談していたんだ。
探す対象が魔物一体から二人増えるだけだし、別にいいよね。
私はリルカ、ミーシャと順に顔を向けると、二人は「問題ない」「もちろん行くの!」と頷いた。
じゃ、決まりだね!
「ありがとう……!」
私が前に向き直って頷くと、ギルマスはホッとしたような表情を浮かべて頭を下げた。