百四話 鉱山街マテオン
「着いたのー!」
馬車から石畳の道へ降りたミーシャが両手をあげて大きく伸びをした。
私はその姿を微笑ましく感じながら、後ろから左右に広がる壁を見上げる。
灰色の石を積み上げて造られた王都の荘厳な城壁とは違い、それはあちらこちらが出っ張ったり凹んだりと無骨な造りをしていた。
道中リルカから聞いた話では、マテオンはもともと山の窪地に建てられていた山小屋が始まりらしい。
それが鉄鉱の発掘を機に窪地を広げながら発展していき、今のマテオンが形作られたという話だ。
つまりこの壁は山の一部、天然の防壁らしい。
「……アルネ。交代」
ん、お願い。
御者台に上がってきたリルカに頷いて手綱を手渡すと、場所を譲るように飛び降りた。
御者に慣れたとはいえ、まだ街中で走らせるときはリルカに代わってもらうことにしている。
今にも走りだしそうなミーシャの手を取った後、そのまま徐行する馬車に続きながら周りを見渡してみる。
石畳の道や左右に並ぶ建物は、山の土を固めた石で造られているようで、統一感のあるそれらはどこか幻想的にすら感じる。
街を囲っている山々と色合いが一致しているのもあるのかな。
まあ、その辺りは前世の知識にもないから、詳しくは分からないけど……。
ただ、正門から続く大通りにしては行き交う人が少ないし、お店もほとんど閉まっている。
情報をくれた冒険者たちの後にも何度かすれ違った相乗り馬車に、街人がたくさん乗っていたのだろう。
「村より人が少ないの……」
ミーシャも辺りを見渡しながら呟く。
うーん……とりあえず宿屋を確保した後は、冒険者ギルドで聞き込みかな。
というか、宿屋も閉まっている……なんてことないよね?
少し不安になりながらも、門兵に教えてもらったオススメの宿屋へ向かう馬車についていくのだった。
◇◇
宿屋を確保した私たちは、そこに馬車を置いてさっそく冒険者ギルドへ歩いて向かう。
女将さんから聞いた道順通りにしばらく歩くと、辺りよりも二回りほど大きな建物が見えてきた。
……あれがギルドかな?
ギルドの入り口を開けて中に入ると、テンプレどおりに視線を浴びて……なんてことはなく、むしろその逆で閑散としていた。
私たちは誰もいない待ち合い椅子の隣を抜けると、直接カウンターへ向かう。
「あら、いらっしゃい。可愛いお客さんね」
カウンターに頬杖を付いていた女性が、私たちに気付いて顔を上げた。
三十歳くらいだろうか、日に焼けた健康的な黒い肌が映えるような白いシャツを着ている。
ただでさえ胸元が開いているシャツなうえに、何がとは言わないがかなり大きいので、色々と危ない状態になっている。
うん、これはあれか、小さい私に対する挑戦か。
いいじゃない、その喧嘩買おうじゃないの!
怒りを露に拳を握りしめた私の肩に、そっと手が置かれた。
「……アルネ落ち着いて。気持ちはよく分かる。でも今は堪えて」
振り返ると、全てを悟ったように柔らかく微笑むリルカが、静かに首を横に振った。
……リルカ!
私とリルカはお互いに無言で頷き合うと、固く握手を交わした。
「お花さんたち、変なの」
ミーシャもあと数年すれば分かるよ。
いや、ミーシャはまだまだ伸び盛りか。
大人になって背が伸び出るところが出たミーシャ……うん、想像できないね。
「えっと、そろそろいいかしら?」
女性はいきなり始まった友情劇に戸惑った表情を浮かべながら、おずおずと声をかけてきた。
おっと、あまりの衝撃に目的を忘れていたよ。
私は心を落ち着かせると、ミーシャのアイテムバッグを指差した。
ミーシャは「分かったの」と言ってアイテムバッグから一通の封筒――王都で預かった手紙――を取り出した。
女性はその封筒を見るや否や、ガタンッと椅子が倒れるのも構わず立ち上がった。
その目は大きく見開かれている。
「その封筒……まさか王都の!? ちょっ、ちょっと見せてちょうだい!」
「――きゃっ!」
カウンターから乗り出すように手を伸ばしてきた女性に、ミーシャは慌てて後ずさりすると、私の後ろに隠れてしまう。
私は背中のミーシャを安心させるように頭に手を置くと、女性をキッと睨みつけた。
このおっぱいお化け、何ミーシャを怖がらせてるの。
「ごめんなさい、驚かせるつもりはないの! 私はここのギルマスよ! ほら!」
女性はそう言いながら胸の谷間に手を突っ込むと、一枚のメダルを取り出した。
いや、どこから取り出してるの……。
それはともかく、黄金に輝くそのメダルの表面には、どこかで見たような絵が彫られている。
えっと、どこで見たんだろう?
王都のギルマスが持ってた……いや、そんな覚えはないかな。
私には本物かどうかの見分けはつかないので早々に諦めることにする。
リルカを横目で確認してみると、少しだけ眉をあげて驚いた表情をしていた。
あ、本物なんだ。
「これで分かったでしょ? ほら、その封筒を見せてちょうだい!」
「えっと、お花さん……?」
まあ、本当にギルマスみたいだし、大丈夫だと思うよ。
私が頷くと、ミーシャはおっかなびっくり手を伸ばして、女性に手紙を手渡した。