十一話 花の蔓
どうしてこうなった。
目の前にもってきた六本の蔓を見て、頭を抱えた。
そのうちの二本の先端には、蔓の太さよりも一回り大きな花の蕾がついている。
他の蔓と同じように私の意識で動かすことができる。
なんで二本増えたし?
というか先端の蕾、これ何?
ちょっと意味が分からない。
私はあのときの状況を思い出す。
◇◇
ルンルン気分で森の中を進む。
この辺りは環境が良いのか、みずみずしい果物が多く実っている。
黒角イノシンの食料をあさったばかりでお腹はすいていないけど、食べ物があるというのはそれだけで安心できる。
それに、赤とか黄色とかが混じっているおかげで見た目も華やかだ。
ひたすら緑と茶色は目に優しくないからね。
そうやって上ばかり見ていたからか。
足元に迫っていたモンスターに気づくのが遅れてしまった。
そいつは突然目の前に表れた。
一言でいえば、ヘビ。
私の身長と同じくらいの巨大なヘビが、私を飲み込もうと大口を開けて迫ってきていた。
とっさに蔓を伸ばす。
前二本でヘビへ牽制を行いつつ、後ろの二本は地面に突き刺しバックステップする。
そして横の二本で……横?
んん!?
思わず二度見してしまう。
横からも蔓が生えてきている?
……え、え?
ヘビの大口が目の前で閉じて我にかえる。
今はそれどころじゃないか。
右前の蔓を閉じた口ごとヘビの頭部へ巻き付ける。
うりゃっ!
蔓の馬鹿力に遠心力を加えて近くの木へと叩きつける。
苦しそうにのたうち回るヘビに蔓を振り下ろす。
蔓が刺さるとヘビは大きく痙攣し、そのまま動かなくなった。
あー、うん。
つい勢いでとどめをさしてしまった。
まあ、いきなり食われそうになったんだし。
仕方がないじゃん。
正当防衛だ。
そういうことにしておこう。
それよりも、今は気になることがある。
ヘビの死体が見えなくなるまで移動すると、手頃な木へと登る。
蔓を全て伸ばし、目の前へともってくる……。
◇◇
そして話は冒頭へと戻る。
花の蕾がついた第二の蔓。
分かりやすく『花の蔓』とでも名前をつけようか。
この花の蔓は、前後の蔓のちょうど真ん中、身体のちょうど真横から伸びている。
まあ、蔓が増えるのは良いとしよう。
たった数日だけど、もう幾度となく助けられている。
その便利さは身に染みて分かっているつもりだ。
そもそも、蔓がなかったらミノタウロスに会った時点で死んでいただろうし。
けど、この蕾は何?
試しに指先でつついてみる。
うん。
ただの蕾だ。
どこぞのパッ〇ンフ〇ワーよろしく、いきなり開いて噛みついてくることもない。
蕾の先を前方へ向ける。
開け、ごま!
…………。
いや、冗談だけどね。
わ、分かっててやったんだからねっ!
こほん。
気を取りなおしてもう一度。
蕾に意識を集中させて、開くようにそれっぽく力を入れてみる。
お?
おお!
開いた!
花の蔓の先端に力を込めると、意外と簡単に蕾が開いた。
で、こっからどうすんの?
とりあえず開いた蕾――花を見てみる。
うん。
ただの花だ。
蕾の状態だと分からなかったけど、下半身の花と同じく綺麗な赤色をしている。
……あ、分かった!
これはアレだ。
ハエトリソウみたいに、花に異物が触れると閉じるやつだ。
というわけで、実際にやってみた。
蕾を伸ばして花を手前に向ける。
近くの木の実を取ると、花へと放り投げてみる。
花に当たった木の実は、しかし特に何も起こらずそのまま地面へと落ちていった。
ですよねー。
花の蔓を観察していると、森の奥の茂みがガサガサと揺れる。
茂みからはまたしてもヘビが現れた。
すでに木の上にいる私に狙いを定めているみたいだ。
うーん、面倒くさい。
戦うのは嫌いじゃないけど、好きでもない。
生きるために仕方がなく戦っているだけだ。
ヘビは私を見てシャーッと威嚇している。
気付かれていないならスルーしたのに。
毒花粉で追い払うか。
と思った矢先だった。
花の蔓の先端にある花から、紫色の花粉が出始めた。
……ふえっ?
え、そこからも毒花粉出るの?
近づいてくるヘビに、毒花粉が出続ける花の蔓を向けてみる。
毒花粉を浴びたヘビはすぐさま苦しそうにのたうちまわり始めた。
おおー。
腰の花から周囲に飛び散る花粉と違い、狙った方向だけに飛んでいってくれる。
それだけ毒の濃度も濃くなる。
しばらく様子を見ていると、ヘビは命からがらといった様子で逃げ出していった。
うん、これは便利だ。
左腕が折れている今、少しでも安全にモンスターを追い払える手段が増えるのは嬉しい。
それに、ちょうど遠距離の攻撃手段が欲しいと思っていたところだしね。
まあ、蔓の長さと花粉の飛ぶ距離的に遠距離とは言えないけど、そこは目を瞑ろう。
さてと。
毒花粉を止めて花の蔓を引っ込める。
周囲にヘビがいないことを確かめると、今度は棘の蔓を伸ばして地面に降りる。
それにしても、この森はどこまで広がっているんだろう。
結構移動していると思うんだけどな。
棘の蔓を使って神輿状態になると、移動を再開する。
そろそろ森を抜け出したいよ。