幕間 柩の少女
いつもご愛読ありがとうございます!
いつの間にか総合評価が1000pt近くまできており、喜びのあまり小躍りしそうになりました。
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
引き続き第三章をお楽しみ頂ければと思います。
そこは闇に包まれた部屋だった。
光も届かないほど奥まった場所に作られたその部屋には、六本の石柱が六角形に並んで建てられていた。
壁や石柱には模様が刻まれているようだが、所々が欠けたり崩れたりしており、今は見る影もない。
そしてその中央には、部屋全体から続くように模様の刻まれた石の柩が一基置かれていた。
あるとき、地震が起きた。
それは特に珍しくもない、ただの事象の一つだった。
しかし、神のいたずらによる偶然か、あるいは長年の歪みによる必然か。
地震により柩の蓋の中央に嵌め込まれた宝石にヒビが入った。
その後も二度、三度と地震を経る度に亀裂は大きくなり、やがて宝石は真っ二つに割れた。
ほどなくして、柩の蓋がゆっくりと動き出し、大きな音を立てて床へと落下した。
蓋の開いた柩の中から現れたのは、ぼろ切れを纏った少女だった。
腰まで流れた白銀の髪に、白磁の陶器を思わせる白い肌。
歳は二十に届くか届かないかといったところだろう。
少女は左手を口に当てると、どこか気の抜けたようにあくびをした。
口を閉じる代わりに開かれた深紅の瞳を動かして周囲を見渡すが、暗闇ゆえに何も見えなかったのか、見えたうえで興味を失ったのか、すぐに目を伏せた。
やがて少女は立ち上がり、柩から外へ一歩を踏み出した。
ぺたり、と素足が石に触れる音に、少女は今更ながらに自らの身体を見下ろした。
少女の小さな口が開かれ、音にならない何かが呟かれた。
それと同時に突如周囲に立ち込めた黒い霧が、まるで意思を持つかのように動き、少女の身体を覆い隠していく。
黒い霧が霧散した後にはぼろ切れは消え去り、代わりに白と黒のドレスを身に纏っていた。
少女は満足したように口元を緩めると、ドレスとともにいつの間にか履いていたショートブーツを鳴らして柩から立ち去った。
◆◆
常闇の通路に足音が響く。
永い眠りから目覚めた少女は、あてもなくただ歩き続けている。
部屋にあったものと同じだろうか、暗闇の果てまでずらっと並んだ柱が通路の広さを物語っている。
よく見ると柱は少しずつずらして配置してあり、柱の間を歩くだけでも方向感覚を失うように作られている。
それは盗賊や魔物の侵入を防ぐためのものか、あるいは外へ出さないためのものか。
少女はその仕組みに気づいているようだが、しかし大したことではないと気に留めることなく、どこか陽気とも見れる様子で歩みを進めている。
柱による迷路も、延々と続く暗闇も、無為に過ぎ去っていく時間も、少女にとっては全てがただの暇潰しに過ぎなかった。
また魔物も、遠くに気配はあるにも関わらず、少女の周囲には一体たりとも存在しなかった。
少女が近づけば魔物は戦き去るように逃げていく。
見つけた際にわずかに心踊ったドラゴンでさえも、近寄っただけで己の縄張りを捨てて逃げ出した。
この世界にはもう自分の欲求を満たしてくれるものは存在しないのではないか。
そう思い始めていた少女は、ある時ふと遥か遠くから近寄ってくる同類の気配を察した。
アレなら楽しめる。
何の根拠もなかったが、そんな確信だけはあった。
「――楽しみだの……」
少女は妖艶な笑みを浮かべ、誰に向けてでもなく一人そう呟いた。