九十六話 魔物の娘
帰り際にお爺さんから「そのうち顔を見せてあげなよ」と言われつつ、私たちは帰路へ着いた。
家に着くなりリルカは「少し休む」と言って一人部屋へ戻ってしまった。
「……リルカさん、大丈夫かな?」
ダイニングで木製の椅子に腰かけたミーシャが、リルカの部屋のある方向を見ながら心配そうに呟く。
うーん。
まあ別に悲報って訳じゃないんだし、大丈夫だと思う。
ただ、突然の話に心の整理がついていないだけなんだろう。
しばらくはそっとしておくのが一番かな。
私はミーシャの近くに寄ると、心配いらないよと伝えるようにそっと頭を撫でる。
そのまましばらく頭を撫でた後、名残惜しそうにするミーシャに苦笑しながら手を離した。
さて、今日の夕飯担当はリルカだけど、代わりに作るとしよう。
というか、あの状態で料理とか、怪我と失敗という二重の意味で怖すぎるからね。
……あ、せっかくだし、気分の盛りあがるような料理でも作るとするかな。
私はさっそく台所の棚を漁る。
前世の私は普通に料理ができたらしく、家庭料理程度なら難なく作れる。
料理を作った記憶自体はないけど、作り方は知識として残っているのが幸いだ。
すると、小麦粉……じゃなくてウィードの粉が入った袋が出てきた。
王都に来てまだそんなに日は経っていないはずだけど、どこか懐かしく感じるのは何故だろう。
そういえば、リルカと出会ったのもあの頃だったよね。
リルカが領主の娘ってことは、ウィードは地元の食材になるのか。
どうせならウィードを使って何か……あっ!
ウィードといえば確か……。
机の上に置きっぱなしのアイテムバッグをミーシャに取ってもらうと、中身を漁る。
えっと……あったあった。
良かった、カビとかも生えていないね。
「どうしたの?」
不思議そうな顔をしたミーシャへ、私は得意顔でそれを見せた。
◇◇
「リルカさん、ご飯なの」
「……分かった。すぐ行く」
ノックの後にそんな会話が続き、しばらくするとリルカを引き連れたミーシャが戻ってきた。
リルカはダイニングに入って食卓に並べられたそれをみて……首を傾げた。
「……これ何の料理?」
「『そうめん』って言うらしいの」
「聞いたことない……。これもしかしてウィード?」
私は頷きながら、心の中でほっと息をつく。
リルカも知らないみたいで良かった。
せっかくのサプライズが台無しだからね。
リルカの地元の食材であるウィードを使った、リルカの知らない食べ方を考えていたときに、この麺の存在を思い出した。
ノウクス村では麺を焼いた料理しかなかったから、もしかして、とは思ったけど……。
予想は的中してたみたいだ。
私はリルカとミーシャに座るよう手招きする。
促されるままに座ったリルカは、何かを思い出したように「あ」と小さく声をあげた。
え、何かあった?
「ごめん……。今日ボクが夕食担当だった」
あー、なんだ、そんなことか。
居候させてもらっているんだから、ご飯くらいいくらでも作るよ。
それに、仲間が困っていたら助けるのは当たり前じゃん。
「えっ……? あ、ほんとだ!」
「……ふふ。ありがと」
今気づいたというようにミーシャが慌て、その様子をリルカが優しい眼差しで見つめる。
リルカ……前よりも少し雰囲気が柔らかくなったね。
っと、それよりもご飯ご飯!
せっかくの料理が冷めちゃうよ!
私は二人に食べるように勧める。
そうめんのつゆは材料がなくて用意できなかったので、合いそうなものを二種類作ってみた。
一つはトマトに似た酸味のある野菜で作ったつゆと、もう一つはハーブを使ったあっさり目のつゆだ。
また、そうめんだけでは足りないので、野菜にウィード粉をつけて油で揚げた天ぷらもどきも用意してみた。
二人は手を合わせた後、さっそく食べ始める。
「……おいしい。ウィードの麺にこんな食べ方があったんだ」
「リルカさん、この揚げ物もウィードを使ってるんだよ!」
「ん……。こっちはサクサクしてる」
うんうん。
喜んでもらえているようで嬉しいよ。
その様子を見て満足した私も手を合わせると、二人に続いて食べ始めた。
◇◇
賑やかな夕食後、片付けを終えた私たちは三人でリビングのソファーに腰かけていた。
私の対面にリルカとミーシャが座っている状態だ。
……さてと。
リルカもだいぶ元気が出てきたみたいだし、そろそろいいかな。
私はあらかじめアイテムバッグから取り出して机の上に置いておいた黒板を手に取る。
「どうしたの、お花さん?」
首を傾げるミーシャにチラッと一度視線を向けると、私は黒板に目を落として文字を書き、二人に見せた。
『話がある』
リルカが領主の娘であるという秘密を知った今、私だけ隠し事をするのはフェアじゃない。
確かに私の秘密――魔物であるということ――は、相手によっては絶対に知られてはいけないことだし、安易に話すことも危ない。
でも、リルカなら信用できると確信を持って言えるし、そもそも伝えておきたいと私は思う。
だから、全てを話そうと決心した。
『私は魔物 アルラウネ』
続けてそう書いた黒板を、リルカへと向けた。