第六話 悪い子はイオリの夢を想う
暮れゆく日の光を浴びながら、イオリはパラシュートと補助具の最終チェックをしていた。隣に座るユノンは、寝そべるモナを枕代わりにしつつ、草をちぎって飛ばしたり雲を眺めたりしてくつろいでいた。
すっかりユノンに懐いているモナの頭をひと撫でし、丘陵の中腹へと目を移した。
全島民が出てきているのではないか、というほどの賑わいだ。ライアンとの勝負は予想以上に注目されているらしい。ここしばらくレッジェーラが行われていなかった反動だろうが、それにしても凄い数だ。
年間を通して盛んに行われるレッジェーラだが、参加する年齢層は圧倒的に若者が多い。その若者達の勝負にことごとく、ライアンがしゃしゃり出てきて勝ちをさらっていくため、ここ最近白けムードが広がっていた。
どうせ金に物を言わせてライアンが勝ってしまう、そんな雰囲気が流れるなか、久し振りにライアンを打ち負かせるイオリの登場とあって、ヒートアップしているのだ。
「すごい熱気だね、屋台まで出てる。いつもこうなの」
「ああそうか、ユノンが見るのは初めてだもんな、トーナメント式の試合ではもっと凄いよ。個人同士の私的な勝負で人が集まるのは珍しいんだけど、みんな暇なんだろうね」
「そうなんだ」
イオリは自身の人気に無頓着だが、若い女性達の間にはイオリのファンが相当数いる。さきほどから遠巻きにイオリを見ては黄色い声を上げているのだが、当の本人はまるで気がついていない。
そんな光景を物珍しげに見回していたユノンだったが、ふと目にした大きな黒板の下に集まる群衆が気になった。バンダナを巻いた男が何かを叫びながらボードを指さし、しきりに観衆へ呼びかけている。しばらく眺めていると、券と引き替えにお金を渡す人たちがいる事に気が付いた。
「ねえイオリ、アレなにしてるのかな」
「ん?ああ、賭けだよ。賭博。俺とライアンのどっちが勝つかっていう単純明快な勝負だね。板に書かれてるのが返金される時の倍率」
「イオリの方が数が少ないなんて、変じゃない?負けると思ってるのかな」
「それは逆。勝つ確率が高い方が返金される額は少ないの。その分負けると予想された方が勝つと、沢山返金されるんだ。今ならライアンに賭けると50倍になる」
「ふーん楽しそうだね。ちょっと見てくる。モナも、一緒に行く?」
嬉しそうに尻尾を振るモナを連れて、立ち去るユノンと入れ替わりにライアンがやってきた。今回は随分と気合いが入っているらしく新調した飛行服とブーツ、それに最新のパラシュート一式をリアカーに積んでいる。
「やあライアン…ってそれリモーヌ社製のA-1010じゃないか!凄いのを手に入れたな」
「ふん、相変わらず知識だけはあるヤツだな」
イオリに誉められ、まんざらでもない顔で返したライアンだったが、イオリの整備するパラシュートを見て首を傾げた。収納袋が異様に横長だったからだ。
通常の収納袋は背負える程度の大きさなのだが、イオリのそれはどう見ても三倍以上ある。
「なんだ、それは。そんなパラシュート見た事が無いぞ」
「ああこれは、俺の自信作。みんなにお披露目するのは今日が初めてだな」
「おい、手作りかよ。まともに操作できんのか。まさか負けてもパラシュートのせいにして逃げようとか思ってんじゃねぇだろうな」
「はは、そうかもね」
「おい、約束は―」
「守るよ。負けたら島を出て行く。撤回する気も無いから、心配しなくていい」
「な、ならいい」
イオリの迫力に負けたのか、ライアンは逃げるようにスタート場所へと移動した。その後ろ姿を見送りながら、イオリは軽いため息を付いた。ライアンの使用するA-1010は操作性と耐久性に優れたパラシュートで、軍でも正規採用されているほどの逸品だ。
そんな高級品をポンと買えるライアンが羨ましかった。こういった勝負事では本気でやるとなると、最終的には資金力がものを言う。腕だけでどうにかなるのはある一定のレベルまでの事で、それ以降は如実に性能差が出てしまうのだ。今まではライアンの腕が未熟な事に助けられてきたが、そのうち技術が向上してくれば厳しくなってくるかもしれない。
だが、ライアンにはレッジェーラの醍醐味が勝ち負けだけでは無いという事を思い出して欲しかった。そして、ライアンに負けて飛ばなくなってしまった友人達にも。
「飛ぶこと、それ自体が重要なんだ」
ただ落下するだけのパラシュートだろうが、プロペラで飛ぶ水上機だろうが、空を飛ぶという非日常が楽しくないはずがないのだ。
それを放棄するのは勿体無いではないか。イオリはある決意を心に秘めて、立ち上がった。
「空を、取り返さないとな」
細長い収納袋を手製の台車に載せてスタート位置まで運ぶと、ライアンが待ちかねたようにコインを放り投げてきた。
先攻・後攻を決める方法はいくつかあるが、コイントスが一番メジャーだ。無言でコインを弾く。
「表」
低いライアンの声から、少しの緊張と押さえられない興奮、そして怒りが感じられた。
イオリを倒して名実ともに島で一番という称号を得たいのだろう。
「表だ、ライアンが先攻だな」
「ふん、少しぐらいハンデをやるか」
余裕の表情でパラシュートを担ぐと、スタート位置である崖の先へと向かっていった。
レッジェーラでは後攻有利と言われている。先攻で飛んだ者の軌跡から、風の向きや強さなどおおよその状況を掴めるからだ。これまで後攻を取ってイオリが負けたことは一度も無いのだが、そんなもの関係無いとばかりにゴーグルを装着する。今のライアンは自信に満ちあふれていた。
屈んで前傾姿勢を取ると、親指を上に向けて準備完了の合図を出す。審判が頷き、旗を振った直後にライアンの身体は空中へと投げ出された。
飛び込みから膝を抱えて前方に一回転、そして両手を広げて落下する。派手好きなライアンが好むスタイルだ。
周りからもどよめきが起こる。
あまり高度が高くないこの崖で余計な動作をするのは、余裕の現れなのだろう。そしてその通り、パラシュートを開いた後は見事な操作で円が描かれた着地点へと降下していく。
少し風に流されたが上手く修正し、中心からわずか1mという場所へ着地を成功させた。
ライアンが雄叫びと共に両手を天に突き上げている時、イオリは淡々とフライトの準備を整えていた。
細長い収納袋から取り出したパラシュートを広げる様子を見て、観客がざわめき始める。通常、パラシュートは降下するまで開かないものだ。異形な上に、おかしな事をしている。気が狂ったのかと囁き声まで聞こえて来た。
そんな騒音の中、パラシュートを完全に広げ終えると親指を上にして準備完了の合図を出した。
「おい、本気かよ」
「勝てないと思って自暴自棄になってんじゃないの」
「止めさせろよ」
「冗談じゃない、今月の小遣い全部突っ込んでんだぞ」
審判も同じような感想だったのだろう、戸惑いながらイオリを見返してくるが、力強く親指を天に向けた。
そして審判の旗が振られる。
「さて、行きますか」
パラシュートに向かってグッと紐を引っ張り、風を受けた異形のパラシュートが空へと浮かぶ。
同時に身体を反転させて崖に向かって歩き始めると、ふわりとイオリの身体が宙に浮いた。
風に乗ったパラシュートは、ゆっくりと方向を変えながら沖の方へと飛んで行く。
それはまるで大きな鳥に掴まったイオリが大空を散歩しているようで、とても楽しそうだった。
一様にぽかんと口を開けたまま呆けている大人に比べ、いち早く頭を切り換えたのは子供達だ。一斉に崖の縁まで駆け寄ると、大声で歓声を上げた。目の前の光景がどれだけ凄い事なのか、直感的にわかったのだろう。
興奮する子供達に続いて、ようやく大人も我に返ったように騒ぎ出す。
異形のパラシュートは、気持ち良さそうにふわふわと沖まで行き、楽しげに旋回を繰り返す。どのくらい時間が経っただろうか、ライアンが崖下から戻ってきた頃になってようやくパラシュートの動きが変わった。
上昇気流を掴まえて高度を上げると、ゆっくりと旋回して崖へと戻ってくる。
「あ、戻ってくるよ」
一人の子供が興奮したように叫ぶと、周りも拍手したり指笛を鳴らしたりと盛り上がりを見せる。
それはイオリがスタートした位置に舞い戻ってきた時、ピークに達した。彼を取り囲み、一体あれは何だ、どうやって作った、どんな遊びだ、など次々と質問が飛び交う。ユノンもなんとかイオリを見ようと飛び跳ねるが、背の高い大人に阻まれて姿を見ることすらできない。
しょんぼりと萎れていたその時、群がる人々を押しのけてイオリがやってくるのが見えた。
「ユノン!」
イオリが飛び込んで来て、ユノンを抱きしめる。いつの間にか周りには空間が出来ていた。
「成功した、随分遠くまでいけたよ!」
「うん、よかったね」
子供のように喜ぶイオリの頭を優しく撫でてやる。するとイオリはキラキラした目で、どうやって操作したのかとか、水上機と違って風を感じるんだとか、興奮した様子で話し始める。
そんな周りを寄せ付けない二人の世界へ勇敢に立ち向かったのは、主役の座を奪われたライアンであった。
「イオリてめえぇ、何だあれは!ふざけんな、こんなのレッジェーラじゃねぇだろ」
「ああ、確かに別の遊びだから他の名前を考えないといけないな」
「そういう意味じゃねえって、俺はこんな勝負認めないぞ」
「何言ってんだ、勝負は勝負、ライアンの勝ちで間違いないだろ」
「はあ?」
「俺は円の中にも入ってない。ライアンは1m、つまりお前の勝ちってこと」
「ふざけんな」
ライアンの拳が頬に当たるのを感じた時には、吹き飛ばされていた。
そのまま馬乗りで殴りかかってくるかと思い、身構えたイオリだったが、ライアンは仁王立ちしたまま見下ろすだけであった。ただ、ぎゅっときつく結んだ唇が震えていたのと、彼が涙を堪えている事だけはわかった。
そして何と言葉をかけるべきか悩んでいるうちに、踵を返して去ってしまった。
残された人々の間に一瞬気まずい雰囲気が流れたが、それもわずかな間のこと。直ぐに新しい遊びの事で盛り上がりを見せ始めた。
どんなルールを作るか、どんなコースが飛べるのか、どのくらいの年齢から出来るのか、量産できるものなのか、様々な質問と議論が活発に交わされていく。
あとは島の人達が熟成させていくだろうと確信し、異形のパラシュートと設計図をレッジェーラ大会委員に提供しようとすると、委員長が慌てて固辞した。
「まてまて、イオリ君。これは大変な財産をもたらすものだぞ。そう簡単に渡してはならんだろう」
「いや元々は父が考案したものなんです。俺はそれをもとに改良しただけなんで。それに父はこれを島の観光に使って貰おうと言ってましたから、これで良いんですよ。受け取って下さい」
半ば押しつけるようにして委員長に渡すと、逃げるようにして群衆から抜け出した。
ようやくひと息つくと、モナの吼える声が聞こえる。いつの間にか屋台の方に移動していたモナが美味しそうに串焼きを食べている。隣に立つユノンは、珍しいフルーツ串を頬張っていた。
「ずるいな自分達だけ」
「イオリの分もあるんだよー」
ボリューム満点のラム肉を串刺しにした名物料理を差し出され、遠慮無くかぶりついた直後に腹の虫が鳴った。
何とも良いタイミングの出来事に、ユノンと二人で笑いあう。そうして暫く空腹を満たしてから、ゆっくりと家に向かって歩き始めた。
夜の帳が降りようかという時刻で、道は暗い。用意したランプを手に舗装された石畳を歩いていると、どこからともなく花火の音が聞こえてきた。大人達はまだこれからが本番なのだろう、新しい話しの肴もみつけて、今夜は大いに盛り上がるはずだ。
そんな事を考えながら、無言で歩いている。しかし決して気まずい雰囲気というわけではない。
むしろ心地よい沈黙と言っても良かった。
ジジ、とランプの火が揺れる。
「イオリ、負けちゃったね」
非難するでもなく、慰めるでも無く、今日の献立を話すかのような調子だ。
イオリもただ「うん」とだけ応える。
それから暫く沈黙が続き、ようやく家が見えてきた頃になって、イオリはぽつりと呟いた。
「ライアンが、泣いてたんだ」
「泣いてた?」
「うん、勝ったのに。あいつが泣くところなんて初めて見た」
「そう」
勝負にも勝って、目の上のたんこぶであるイオリが居なくなるのだから、喜ぶものだとばかり思っていた。
しかし、あの時見たライアンの目はとても悲しそうだったのだ。それがイオリの心に、トゲのような引っかかりを残していた。
「何でかな。勝負に勝って嬉しいはずなのに」
「たとえばイオリはさ」
「ん?」
「イオリは、今お父さんにストランデボーで勝負したら勝てると思う?」
「ストラーデ・ヴォートな。いや全然叶わなないだろうね」
「すっごく練習して、いつか勝負をしたとして、もしお父さんに勝てたら凄いよね」
「飛び上がって喜ぶさ、無理だろうけど」
「でもその時お父さんが手抜きして、ふざけて飛んで、全然速くなくて、それでお前の勝ちだって言われたらどうかな」
イオリの足が止まった。
前髪をくるくると指に絡め、暫く思案すると深いため息を漏らした。
「俺は手抜きしたんじゃないけど」
「そうなんだ」
「フライトは全力だった。本当に馬鹿にするつもりはなかったんだ。けど、そう思われて当然だよな」
「勝負を利用して、新しいパラシュートのお披露目に使ったって言うのは本当だもんね」
「ぐ、ユノンもう少し優しくお願い」
イオリが胸を押さえて苦しむ振りをしている。
少しだけ、調子が戻って来たようだった。
「いや、よく考えたらお互い様な感じがしてきたぞ。アイツだって俺に暴言吐きまくってるし、薬の事で嫌がらせしてくるし、いつもユノンの事を変な目で見てくるし」
「そうかな、気にしたことなかったから、わからないけど」
右に左に首を傾げるユノンの仕草が可愛いなと思いつつ、その手にランプを握らせる。
「ちぇ、このままだと俺だけ悪い奴になりそうだ。ごめんユノン、ちょっと出かけてくる。家すぐそこだから大丈夫だよな」
「モナがいるから大丈夫だよ」
「ホント、ごめんな」
ひらひらと手を振るユノンに両手を合わせて謝罪すると、踵を返して元来た道を走っていった。
ユノンは、イオリの姿が暗闇に溶けていくのを見送ると、モナの頭を一度撫でてから家に向かって歩き出す。
しかしその顔は笑いを堪えているようにしか見えなかった。
「私達も悪い子なんだから、気にしなくていいのにねぇ、モナ」
ひと吠えしたモナの頭をもう一度撫でた。
この時、彼女が背負っている袋が来た時の10倍重くなっているという事実を、イオリは知るよしも無かった。
●
翌朝、ユノン達が朝食の準備をしていると、イオリが帰ってきた。
「あらイオリ、今朝は随分早いじゃないか。どこに行ってたのさ」
ひょいとキッチンから顔を出したハルナの問いに、ちょっと海を見に行ってたと曖昧に応えていたが、その表情はとても晴れやかだった。
多分これで思い残しは無くなったのだろうなと、ユノンは思う。
彼が島を出る気だというのは、アリアンテを見た時にぼんやりと判っていた。それはライアンとの勝負で確信に変わっていた。
では自分はどうするのか。
目の前で道が分岐している。このまま居心地の良いカルデローニ家でお世話になるのも選択肢の一つだ。
そんな事を考えていた時に、ふと気になった事が口を突いて出てきた。
「そういえば、ハルナお母さんって恋愛結婚だったの?」
「随分唐突だね」
「うん、イオリのお父さんってどんな人だったのかなぁって」
「そうだねぇ、イオリに似て自由奔放っていうか危なっかしいというか。馬鹿っていうか、とにかく見ていて飽きない人だったよ」
「楽しそうな人ってこと?」
「楽しいさ。そう毎日が新鮮で驚きの連続だったね。でもトマーゾが生まれてからは子供のために真面目な職を探すって言い出してさ。それからイオリが生まれるまでは平凡で平和な毎日だった」
「生まれるまでは?」
「そう、イオリはまさにディエゴ二世だったね。きっと彼から分裂して生まれたのさ。真面目でお淑やかなあたしの血なんてこれっぽっちも混ざってないよ。ハイハイする前からベビーベッドを乗り越えて盛大に落っこちるし、離乳食になったと思ったら家中の食べ物をかじって回るし、とにかく手がつけられない。最悪だったのは、二歳の時にあった失踪事件かね」
ある日の朝、トマーゾを見送った後、家でシチューを作り終えたハルナはイオリとトマーゾを呼んだ。しかし、キッチンにやって来たのはトマーゾ一人だった。聞いてみると朝からイオリの姿が見当たらないという。最初は遊びにいったのだと高をくくっていたが、夕方になっても一向に帰ってくる様子が無い。さすがに焦り始めたハルナが、トマーゾと一緒に友人の家を回ったが、何処にも姿を見せていないと言われた。この時点でハルナは半狂乱になって、島を駆け回ったという。その姿を見て尋常ではないと悟った駐在と島民が総出で島の隅々を探し回ったのだが、影も形もなかった。
それもそのはず、その時当人はカーク10に密航中だったのだ。
工業都市ピサノへの配達に朝早くでかけたトマーゾを追って、貨物室で毛布にくるまって黙って付いていったらしい。
父親のディエゴから電報で無事を知らせる通知が来たときは思わず天に感謝の祈りを捧げたが、その後戻って来た二人の笑顔を見た瞬間にそんな気持ちは吹き飛んでしまい、思わず二人の頬へ鉄拳を見舞ってしまったのだとか。
その後もハルナを心臓麻痺で殺す気なのかというほど、イオリの悪戯は頻度を増した。父親は放任主義で、大抵の事は許してしまうから、教育はハルナが担当するしかない。怒るハルナと逃げ出すイオリ、かくまうディエゴという構図が日常だった。
だが、あるときからプツリとイオリの悪戯は止んだ。
「お父さんが亡くなってから?」
「そうだね、それはもう気持ち悪いほどピタリと。まるきり優等生になったね。勉強は真面目に受けるし、言葉遣いも直した。好き嫌いもせずに食べるし、家のことも良く手伝うようになった。けど禁止していた飛行機の整備は、コッソリしてたねぇ。地下室で」
「あ、知ってたんだ」
「そりゃそうさ。本人は秘密基地みたいに思ってたんだろうけど、あんな派手な秘密基地があるもんかい。天井が開く時なんて地震が起きたかとおもったよ」
「あは、そうかも」
そう言って笑うハルナの顔は、とても楽しそうだった。
青林檎を剥きながら、ユノンは考える。
はたしてイオリは飛行機の勉強をしていただけなのだろうかと。あの地下室からは、何かに悩んで苦しんで、あがいているような感じを受けた。それが何だかはわからなかったが、ただぼんやりと自分も一緒に悩んであげたいなと思った。