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オルタの歌  作者: 春豆
第一章 オルタの子
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第四話 落下傘・ラブ

 ユノンがカルデローニ家で働き始めて三ヶ月が経過したある日の朝、二人は港へ来ていた。当初は内地の女性が珍しいのか、しょっちゅう呼び止められては長話につきあわされていたユノンも、ようやく落ち着いて買い物が出来るようになっていた。

 この日はモナが母親と一緒に果樹園で番犬をしているので、イオリと二人きりでの買い物になる。


 上機嫌なユノンをつれて港に到着したイオリは、長い行列にうんざりした顔で眺めていた。今日はピサノからの定期船『パトリシア』がやって来る日なので、主婦という主婦が買い出しに来ている。物資が乏しいカンピージ島では、本土からもたらされる医薬品や生活品は貴重で、時に争奪戦に発展することもある。緊急時に対応してきたイオリの運送業が休業になってからは特に、ストックを用意しようとする傾向にあった。


「みんな朝から凄いね。鬼気迫る勢いだよ」

「一週間も船が遅れたんだ、仕方ないさ。うちも早く並ばないと買いそびれるよ」

「あ、待って。イオリってば、せっかちな男は嫌われるんだよ」

「どんくさい男よりマシだろ」

「うーん、どっちも嫌、かな」


 眉間に皺をよせて真剣に考え込むユノンの背中を押す。本当に急がなければ、必要な生活品が買えなくなってしまう。あれこれ道草をしようとするユノンを、なかば引きずるようにして露天まで連れてきたのだが、そこで嫌な奴に会ってしまった。


「ようイオリ、一足遅かったみたいだな。お目当ては軟膏か?お袋さんの皮膚病に使うんだったっけな。残念でした、全部買い占めちまったぜ、このお・れ・さ・まが!」

「ライアン、お前相変わらず趣味悪い服着てんな」

「うるせぇ、てめぇの貧乏くさい服よりマシだ」


 ライアンという少年は、イオリと同じ歳だが大きな体格と親の七光りをフルに活用してガキ大将を気取っている。高価な服や装飾品で着飾っているが、センスが壊滅的なので、ただの成金趣味にしか見えない。

 これまでもイオリにちょっかいを出してくる事はあったが、島にとって貴重な飛行機を所持していたため、表だって酷いことはしてこなかった。


「しかぁし、飛行機が無い今、てめぇはただの一般人。積年の恨みを晴らしてやるぜ」

「イオリ、何かしたの?」

「それが、全く記憶にないんだよね」

「すっとぼけんな、この野郎」


 確かにイオリの記憶には無かった。

 ライアンの好きになった女性が、ことごとくイオリのファンだった事や、そのせいでライオンが一度も女生と付き合った事が無いことなど、彼には知る由もなかったからだ。

 しかし、ライアンにとってそれは許し難い事実であり、さらに今現在も進行中なのである。


「それにい、今だって、隣のロッ…ロッセ…」

「隣ってユノンのことか」

「呼び捨てにするな、ボケ」

「んなこと言われても」

「ロッセリーニさんと呼べ、近づきすぎだ離れろ、一緒に歩くな、息もするな」

 

 イオリはユノンと顔を見合わせて、困惑する。

 3ヶ月も同居し、一緒に食事をして共に働いていれば自然と仲は良くなるものだ。ファーストネームを呼び合うぐらいにはなるし、一緒に出歩く事も多くなる。

 面倒臭くなったイオリは、ライアンを押しのけて通ろうとするが、両手を大きく広げて阻まれてしまった。


「邪魔だよライアン、どけって」

「イオリ・カルデローニ、決闘だ。俺と決闘しろ」

「は?」

「俺に勝ったら軟膏をただでくれてやる」

「へえ、負けたらどうするんだ」

「この島から出ていけ」

「ちょっと、何言ってるの!」


 噛みつきそうな勢いで飛び出すユノンの肩を掴み、なだめるイオリの姿がまたライアンの嫉妬心を煽る。

 「ロッセリーニさん、君のためなんだ」「意味がわからない、頭おかしいよ」とイオリを挟んで噛み合わない言い合いが続く中、ふとイオリの目に船の積み荷が映った。積み上げられた木箱の中に、赤字で書かれた『プロペラブレード』の文字を見た瞬間、ユノンを掴んでいた手に力が入った。

 驚くユノンを余所に、ゆっくりとライアンへと振り返り、そして言った。


「いいね、その勝負受けるよ。いつものレッジェーラでいいだろ?ただし、俺が勝っても軟膏はいらない。その代わりラインにはある事を一つ協力してもらうぞ」

「何だよある事って」

「今は秘密だ」

「ふざけんな、賭けにならねぇ」

「こっちは負けたら島を出て行くんだ。そのくらい飲めよ、男だろ」


 『男』という言葉を出され、ライアンの顔が狂暴になる。彼の家は男らしさを矜持としている軍人の家系だ。そう言われて引き下がるはずがない事は良くわかっていた。


「言いやがったな。後から泣いて詫び入れても許してやんねぇぞ」

「構わない。それでいつやる?」

「週末だ。それまでに荷物まとめて島出る準備しときな」

「わかった。開始時間は夕方にしよう。じゃあな」

「おい、本当にわかってんのか。逃げんなよ!」

「当たり前だよ、むしろ楽しみだし」


 憤るライアンとは正反対に気負った様子も無く、片手を上げてその場を去ると、早速ユノンが不満そうに口をとがらせて尋ねた。


「あんな勝負受けなくていいのに。それで、レッジェーラの勝負って何なの」

「簡単に言うと、パラシュートを使った度胸試しだね」


 レッジェーラは、島の伝統的な遊びであり、元は神事でもあった。今でも話し合いで決着がつかない時は、大人子供問わずこの神聖な勝負で決着をつける事がある。方法は簡単だ。崖の上からパラシュートで飛び降りて、地面にかかれた円の中心により近く着地した者が勝ちである。女性や高齢者の場合は代理人を立てることもあるが、若い男性が代理人を立てると例外なく「卑怯者」と呼ばれるため、ほとんどが当人同士の勝負となる。


「うわ、危なそう」

「飛べない奴の方が多いね。結構怖い」

「受けたって事は勝算があるんだよね」

「どうかなぁ、ああ見えてライアンは度胸があるから、いや見た目通りか、とにかく技術もあるし侮れないんだ。今のところ勝ち越してるけど天候次第では五分五分(イーブン)って感じ」

「え、それであんな約束しちゃって大丈夫なの」

「大丈夫なんじゃないかな」


 不安げに顔を覗き込んでくるユノンをスルーして必要な生活品を購入すると、さっさと家に戻って果樹園へと向かった。イオリはイーブンと言っていたが、実際のところパラシュートを操作する技術は圧倒的にイオリの方が長けている。よほどの悪天候でもなければ9割方勝てるだろう。それでも勝負を挑んできたということは、ライアンには余程自信がある何かがあるのだろうと踏んでいる。


「あいつ、新しいパラシュートでも手に入れたかな」


 ニヤリと笑いを零すと、その日は少し早めに仕事を切り上げて裏の納屋へと向かった。雑然と置かれている道具に混じって、鮮やかな布の束がいくつか棚に置かれている。そのうちの一つを手に取ったイオリは、ヘルメットとゴーグルを手にして外で待つユノンのところへ戻ってきた。


 納屋の前はちょっとした広場になっている。芝生では無いが、ハーブが群生している綺麗な場所だ。そこにパラシュートを広げ、丁寧に点検をしていった。


「イオリの使うパラシュートって、それ?」

「そう、これ」

「何か私の知ってるのと違う」

「ん、俺も使うの初めてだよ」

「ちょっと待って、待って」

「痛い痛い、肩が外れるってば」

「大事な勝負に初めて使う道具とか、駄目でしょ」

「いやレッジェーラで使った事が無いだけで、練習はしてる」

「つまり本番は初めてなんだよね」

「そうとも言う」

「何考えてるのかな、もう」

「痛い痛い痛い」


 がくがくと体を揺すられながらも、イオリはパラシュートを点検する手は休めない。自身の命を預ける大切な道具だから、自ずと点検も真剣になる。これ以上追求して邪魔をするわけにもいかず、ユノンはイオリの隣に転がってもぐもぐとハーブを食べながら流れゆく雲を眺めることにした。

 時折聞こえる鳥のさえずりと、風に乗って漂う草の香りは心地よい眠りを提供してくれる。ようやく点検を終えたイオリが振り返ると、ヘルメットをかぶったまま気持ちよさそうにまるまって寝るユノンの姿があった。


「ユノン、ごめん終わったよ」

「んん」


 寝ぼけ眼をこすりながら起きたユノンは両手でヘルメットを抱え、のろのろと立ち上がった。その横でイオリは折り畳んだパラシュートと道具を持って納屋へと向かう。


「それで、イオリは勝てそうなの?」

「こいつだと、無理だね」

「じゃあイオリは島から出ていくのかな」

「いや負けたからって、子供同士の場合は強制力が無いからね、大抵は負けた方が謝って条件付きで許して貰う事が多い」

「そっか」


 明らかにホッと安堵のため息をつくユノンだが、その場合負けた方が約束以上に屈辱的な事をさせられる事が多い。それに、今回ライアンが約束を撤回するとは思えなかった。


「正直なところ、勝ち負けはどうでもいいんだ。それよりすごく面白い物が見せられると思うよ」

「パラシュートが面白いっていわれても、よくわからないけど」

「なら、ちょっとだけ見てみる?」

「今から?だって、点検終わったばかりでしょ」

「予備があるんだ。試作品だけどね」


 そう言って納屋の扉を開けると、棚に載せられたもう一つのパラシュートと交換する。

 赤い布の塊は、点検した本番用とは違い少し大ぶりなサイズだった。それを持って家の裏手にある小高い丘へと向かった。もう日は傾いており、何度も飛ぶことは出来ない時刻になっている。心配したユノンがヘルメットを抱えたまま問いかけた。


「パラシュートで落ちると、戻ってくる頃には夜になっちゃうね。バスとか無いし大変じゃない」

「うん、そのあたりは何とかなる。まあ見ててよ」


 ユノンからヘルメットを受け取って準備を進めた。

 改めて見直してみても、そのパラシュートは異形さが際立っている。丸型であるべき傘の部分は長方形をしており、大きめのリュックサックが付属していた。

 それを腰の部分にあてて背負うと、沢山有るワイヤーを手に取ったまま風を待った。


 その後に起きた出来事は、ユノンにとってあまりに衝撃的だった。

 ふわりと浮いたパラシュートは、落ちるのではなく鳥のように空を飛んだのだ。リュックサックを椅子のように使い、左右のワイヤーを器用に操作してかなりの距離を飛んでいき、そしてゆっくりと旋回すると元の位置へと戻ってきた。

 ユノンは、着地に失敗してこけたイオリの元へ興奮気味に駆け寄ると、背中にむかってダイブした。


「すごい!何あれ、何これ、イオリ飛んだよ!」

「でもまだ慣れてないんだよな、本番で何処まで出来るか判らないけど…面白そうだろ」

「私もやりたい!」

「え、いや危ないから」

「ちょっとだけ、ちょっとだけならいいよね」

「駄目だって、もし落ち―」

「お願い、ちょこっと、少し、大丈夫だよイオリがいるし、大丈夫大丈夫」

「けどもう遅―」

「まだ太陽は赤くない、だからまだお昼」

「わ、わかったから!一緒に、一回だけだよ」

「やった!」


 後ろから抱きしめてくるユノンの、色々な部分がアレだったため、早々に敗北宣言をして一緒に飛ぶことにした。

 そうしてこの日ユノンはイオリと共に計三回の空中散歩を楽しんだのであった。


 満面の笑顔で満ちたりたユノンと、疲弊してゲッソリとやせこけた顔のイオリが家に帰り着いた頃には、すっかり夜の帳が落ちていた。

 夕餉の準備を終え、家族が揃ったところで一日の祈りが始まる。そしてにぎやかに食事が始まると、案の定話題はすぐにレッジェーラ勝負の話になった。島という狭い世界では、こういった噂話に飢えている人々が多い。特に女性の間では、光のような早さで話が伝わる。


「そういえばイオリ君、ライアンの坊ちゃんと決闘するんだって?」


 ご多分に漏れず、ミケーラもその手の話題が大好きだった。


「耳が早いね。うん、なんとなく流れでそうなった」

「くぅー、ついにというか、ようやく進展したって感じよねぇ」

「何が?」

「またまたトボケちゃってぇ」

「だから、何がさ」


 ニヤニヤ笑うミケーラに若干苛つきながら、ミートたっぷりソースのパスタを頬張る。


「一人の女を巡って男同士が命がけの勝負を挑む。やめて私のために争わないでっ。いや、俺はお前の為なら命も捨てる覚悟だって感じ?いやーん、憧れるう。ユノンちゃんめ、このこの――ぐぉっ!」


 妄想の世界に入り込んだミケーラの頭に、トマーゾの鉄拳が落とされた。悶絶するミケーラをユノンが心配そうに介抱しているが、イオリは無視してお代わりのパスタを皿に放り込んだ。


「しかしイオリ、万が一負けたらどうするつもりなんだ」

「約束通り島を出ていくよ」

「馬鹿、ユノンちゃんはどうするつもりよ、負けるなんて許さないから。たとえ負けても土下座して島に残るの、わかった?」

「ミケはちょっと黙ってなさい」


 トマーゾに怒られて再びしおれたミケーラが、再びユノンに慰められている。どちらが年上だかわからない光景だ。


「母さん、まさか俺が出て行ったからって、ユノンを追い出したりしないだろ」

「当たり前だろ。ユノンちゃんはカルデローニ家の家族だよ」

「ほら、どっちに転んでも問題ない」

「大ありよ!イオリ君がいなくなったらライアン坊やに取られちゃうじゃない」

「ミケ、いい加減にしろ。ユノンも困ってるだろう。なあ?」

「え、あ、はい。んーと、そうですね。まあ、イオリが居なくなったらやっぱり寂しいですね」

「ほらほらほらほらあ!」


 我が意を得たりとばかりに、ミケーラが息を吹き返す。その後は男女の仲について侃々諤々の議論が交わされたが、ミケーラに酒が入ったことで収拾がつかなくなり、最後は泥酔した彼女をトマーゾが寝室に運んでお開きになるのだった。


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